クライン×北原・お礼用SS
(日本人基準・2)



そもそもの問題は、座卓すら無い事だ。

クラインを自宅に招くという話しになってから数日、あわよくば断る事を考えながらも北原は着実にその準備も行っていた。

結局のところ彼を招きたいと考えているのか否かも自分では分からない状態だ。

ただ、招いたは良いがもてなす物が何もないという状態は失礼だと思えた。

就職をしてから一人暮らしをしている部屋には自分一人用の家財道具しかない。

これまで友人を招くという事もなかったので食器も一人分だけだ。

それどころかこの家にあるテーブルの類は、一人用のコーヒーテーブルが一つあるだけであった。

一人分の食事とノートパソコンがそれぞれ乗るだけの広さがあれば十分。

自宅で書類を広げ仕事をする事もなかったので不便を感じた事もない。

加えて、ワンルームにいくつも机の類を置く事に合理性を考えられなかったのだ。

とはいえ、クラインが来るとなれば話は変わってくる。

このコーヒーテーブルだけでは二人で食事は確実に出来ない。

それどころか一人用のそのテーブルに椅子は一脚だけで、二人が座る場所もなかった。

ならばそれを理由に彼の訪問を断る事は出来ただろう。

だがそれは、あまりに彼を拒絶してしまうような気がして口に出来なかった。

彼を迎え入れるだけの用意をして、そのうえで彼の気が変わって来なくなれば良い、

なんとも矛盾した希望をもってしまったものだ。

「直也のアパートメントはもう直ぐか?」

「はい・・・あの、本当に大した事がないので・・・」

「直哉は心配をし過ぎだ」

社屋から乗ったタクシーの中、後部座席に並んで座りクラインは小さく笑った。

此処まで来たのだからもう何も言うまい、と思えどつい弁解が唇にあがる。

彼が来るのが嫌な訳ではない。

そうであれば、彼の為にと様々に買い揃えたりなどするものか。

結局、北原はローテーブルとラグマットを購入していた。

本心としてはソファーも用意をしたかったのだが、長身の彼がくつろげるサイズのそれを置く場所を確保する為に自宅を模様替えする時間までも作れなかったのだ。

今の時代、購入だけならばインターネットでどうとでもなるのは助かっている。

それがなければこの短期間に繕えなかった。

見慣れたマンションの前でタクシーが停車する。

さっさと紙幣で支払いクラインが先に降り立った。

「此処が直哉の住まいか」

マンションを見上げ呟く彼はどこか感慨深げだ。

何故こんなにも彼は此処へ来たがっていたのか、今まで深く考えた事はなかった。

彼の自宅のように洒落てはいないしかといって古き良き日本的なわけでもない。

北原の部屋は畳ですらなくフローリングだ。

けれどたぶん、そういった事ではなかったのだろう。

ただ恋人の住む場所を見たかった。

そこにある物が目的なのではなく、そこにある雰囲気を知りたかったのではないか。

そう考えれば、心の中のもやもやとした物が少しは晴れる気がする。

ならば特別な準備も不用だったかと一瞬脳裏を過ぎったが、それはまた別物だと自分自身で即座に否定した。

「こっちです」

オートロックキーを解除しエントランスへ入る。

不要だと言ったというのに『手土産だ』と譲らなかった紙袋を手にそこでも辺りを見渡しているクラインを促し、エレベーターホールに向かうと呼び出さずとも停止していた箱に乗り込んだ。

此処はまだ自宅ですらないというのにあまり見ないでほしい。

みすぼらしいマンションではないものの、彼の生活基準と比べては余りに差がありすぎる。

彼は此処でこんなものでも気になるというなら、やはり部屋を見れば驚くのではないか。

親日家である彼は日本の文化の多くに好意的であるが、それは外国人向けに紹介をされている物だけに思える。

サラリーマンの一人暮らしの生活やその環境など、きっと彼は知らない。

北原の自宅はワンルームと言えど広めで、同じ面積の2kルームもある程だ。

それでも彼にはくどいほど『狭い』と説明していたが、真の理解を得てくれているのかは別に思えた。

社屋のそれよりも狭いエレベーターの室内は上昇音も過剰に聞こえる。

「───、こっちです」

数秒の後に到着すると左右に分かれた廊下を自宅の方へと案内する。

同じ色と形の扉が並ぶ廊下だが大抵の家にはネームプレートは掲げられていない。

ルームナンバーだけを頼りに自宅の前にいくと、鍵を取り出しクラインを振り返った。

「ここ、です」

「そうか。・・・緊張をするものだ」

「レイズが、ですか?」

「初めて来る直哉の家だから」

クラインが静かな笑みを浮かべる。

緊張など、壇上でも平然と演説をする彼には不釣り合いな言葉に感じられた。

だがそれだけに、それが不思議な響きとなり胸に響く。

「・・・どうぞ」

カチリと開錠された音が聞こえる。

やけに重く思える扉を引き明け、北原は彼を自宅へと招き入れたのだった。





  

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