クライン×北原・お礼用SS
(日本人基準・3)



クラインの後に続き室内へと入ると、北原はすぐさま壁に設置されているスイッチでルームライトを点けた。

暗闇だった部屋が明かりの下に晒される。

見慣れたそこをチラリとだけ見ると、北原は俯き加減で立ち尽くすばかりのクラインよりも先に玄関へと上がった。

「あの、適当に───マットしかありませんが、座ってください」

「あ、あぁ」

ボソボソと告げる北原にクラインも喉を詰める。

そこにある感情を正確に読み取る事など出来ず、無駄に浮かんでしまう憶測から零れそうになるため息を呑み込んだ。

クラインを気にしないよう意識し、いつもの場所に空に近いビジネスバッグを置く。

スーツはどうするべきかと少し迷いジャケットだけを脱いだ。

それをハンガーに掛けているとようやく、彼も玄関へと上がったと知れた。

「レイズもジャケットを」

「すまない」

「いえ・・・」

会話が、続かない。

普段から互いに言葉が多い方ではないが、それにしても殊更だ。

もっともそれは北原の感覚的なものだけかもしれない。

実際は普段と変わらないというのに、今という状態を心地の良い沈黙に感じられていないのだろう。

そわそわと落ち着かない。

仕事で慣れきっている為に当然のようにクラインからジャケットを受け取ると、北原はそれをハンガーへ掛けた。

「ここが、直哉の家か・・・」

「・・・、すみません大した物もなくて。一人暮らしが長いものですから」

クラインの声にそちらを見れば、彼は北原の言葉を受けてかラグマットの上に座ろうとしていた。

元々人を招く事を想定されていない自宅である。

現に今の今まで、立ち寄る程度であれ他者が此処へ訪れた事はなかったのだ。

クラインがゆっくりと部屋を見渡している。

それを横目に、北原はキッチンスペースへ向かった。

壁に側にシンクやIHヒーター。

向かい側に生活スペースとキッチンを区切るカウンターがある。

真っ直ぐにカウンターの上に置かれているドリップ式コーヒーメーカーの元まで向かうと、北原は手際よくセッティングをした。

コーヒーを入れ、水を入れ。

スイッチを押せば棚から真新しいコーヒーカップを二つその隣に置く。

だがそうしてしまえば、準備は終いだ。

「今、コーヒーを煎れているので」

「ありがとう。だが直哉、気を使わなくて構わない」

「いえ・・・はい」

そうと言われた所で、気を使わずになど居られるものか。

コーヒーは差ほどの時間も掛からずに出来上が、それまでの間何処に居れば良いのかも測り兼ね、立ち尽くすのも忙しなく動いているのも不格好だと北原はそろそろと、クラインとローテーブルを挟みラグマットの上へ腰を下ろした。

彼にしてみれば、やはりこのような場所に座らせられる事も不快なのではないか。

時間的な要素だけならば無理をしてでももっとキチンとした応接セットを揃えるべきだったかもしれない。

今更でしかない後悔を感じ視線が下がってゆく。

そうして俯く一方の北原であったが、その向かいでクラインは感心しきっていた。

「直哉はやはり、自宅でも正座なのか」

「え?」

「日本人は床で生活をすると聞いていた。まさしくその通りだったのだな」

ふと咄嗟に顔を上げる。

ローテーブルに触れ、ラグマットに触れ。

その向こうのフローリングの床へと視線を向けているクラインは、何を感じているのか口元を緩めており、北原はとっさに否定に首を振っていた。

「いえ、これは・・・」

拘っての事ではない。

ただ他に準備を出来なかっただけだ。

そもそも、これすらも用意をする前は北原もテーブルだけの生活だった。

その唯一のコーヒーテーブルは、今は部屋の隅に追いやられ飾り棚か何かだと言わんばかりの佇まいでいる。

指摘をされてるまで気づかなかったが確かに今は正座をしているものの、それも至って無意識からきたもので、普段一人きりの時にまでそうしている訳がない。

かしこまった席ではきちんと座る。

刷り込みのように教え込まれた当たり前の動作は、たとえ自宅であっても緊張をしている今そうとしてしまったのだろう。

「深い意味は、無いんです。ただたまたまで・・・」

「そうなのか?」

「申し訳ありません。本当はもっときちんとソファーなども揃えたかったのですが、こうする時間しか取れず・・・」

「何故謝る?揃えるとはなんだ?・・・それは私の為にだとでも言うのだろうか?」

「それは、えっと・・・」

そうだ。

クラインが訪れるから、それだけでしかない。

だがそのような事を知られてしまうのは恰好が悪いと、彼に言うつもりなどなかったというのに。

咄嗟に口をついてしまった弁明は、余計な事まで告げてしまった。

ビジネスに置いてはこのような失敗などしない。

だが今は、ビジネスとプライベートを比べるのも愚かに思える。

口の滑った己を苦く感じていると、ピーッと機械音が鳴りコーヒーの完成を知らせ、これ幸いだと北原はテーブルに手をつき立ち上がった。

だがその時だ。

その北原の手首は、腕を伸ばしたクラインに捕まれていた。

「直哉、私はてっきり、直哉は私を歓迎していないのだと考えていた」

「・・・それは」

「だが、直哉は私を迎える為に、こんな・・・」

北原の手首を掴むクラインの手が微かに震えている。

それは、どこから来るものか。

表情が薄い彼の、熱い眼差し。

それを受け続けていられなくて、胸の鼓動を速めながらも北原は顔を逸らすとそっと彼の手のひらから逃れたのだった。


  

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