クライン×北原・お礼用SS
(日本人基準・4)



互いにコーヒーを啜りつつ、沈黙が続く。

何をして良いのかも思いつけない北原は、何度もカップを持ち上げては降ろす行為を繰り返すばかりだ。

今という時間の動き方が分からない。

クラインの自宅で過ごしている時はいつも何をしているだろうかとも思い返したが、考え浮かんだそれに内心首を振った。

彼の家に行く時は殆どと言って良いほど、夕食後の深夜に近い時間だ。

それもあってか、家につき一息するとそこそこで甘い雰囲気となる。

けれど今は、これから夕食を北原が作るのだ。

北原からしだれかかるつもりなど微塵もないし、甘い雰囲気を受け入れる気にもなれない。

だとするならどのような『雰囲気』ならば良いのだろうか。

何度も繰り返す自問自答は、結局答えの出ない靄となり北原の胸に巣くう。

そうしている内にカップのコーヒーが底をつくのは直ぐだ。

冷める間もなく最後の一口を飲み干すと、どこかもう逃げられないものを感じずにはいられなかった。

「・・・」

見る場所も定められずローテーブルの上で視線が彷徨う。

向かい合ったクラインの些細な物音だけでも気になり落ち着かない。

話題を探してみたところで、すぐに思いつくのはどれもこれもビジネス関係であった。

それではいくらなんでもあんまりだ。

公私混同はいけない。

それは公に私を持ち込む場合と同等に、私に公を持ち込む場合にも言えるのだと思う。

会話一つ探せない。

己のコミュニケーション能力の低さは理解していたが、これほどだったというのか。

現状に耐えきれず、北原はテーブルに手をつき立ち上がった。

「あの、食事の準備を、してきます」

予定していた夕食の時間にはまだ幾分早くも感じるが、『早い夕食』というなら十分に許容範囲だ。

そもそも日本人よりもアメリカ人の夕食時間の方が遅い事を考えると、元の予定時間であっても早いのだ。

だというならそれが後数分速まったところで、気にする程度ではないだろう。

「直也・・・」

何か言いたげなクラインを気づかなかったふりをし、北原はカウンターで仕切られているだけのキッチンへと向かった。

整頓をされているそこはすっきりとしている。

元々一人分の食器しかなかったところに二人分の揃いの食器をいくらか足したところで食器棚に綺麗に収まるし、コップやカトラリーにしても同じく、それどころか調味料も全て棚に収納が出来ている。

まるで使用されていないかのように綺麗なキッチンだが、実際はそうではない。

三口のIHヒーターの端に鍋が置かれている。

そこへ向かうとスイッチを押した。

準備をすると言ったところで、その大半は既に終えられている。

社屋を出るぎりぎりまでクラインが来ない結果になれば良いと思っていた。

だというのに食器や家具を揃えていたが、同様に夕食の準備も今朝のうちに済ませていたのだ。

来て欲しかったのか否か、全くもって自分でも分からない。

しかし、何時に上司が仕事を終えるかもわからない休日出勤故に、万が一深夜近くとなった場合仕事終わりの帰宅後にどこまでのもてなしが出来るものか。

疲労し腹も減り、それから馳走を作るなど合理的だとは思えない。

だがクラインが言うように、『塩むすび』などで済ますわけにもいかない。

そうして考えた結果がこれで、現にクラインを招いている現状を思えば正しい選択だったとも言える。

ヒーターの火力を弱火にし北原は冷蔵庫へと向かった。

中からいくつかの食材を取り出す。

それを手に作業スペースに戻る間に、ちらりと横を見れば炊飯器から湯気が上がっていた。

それが出来上がるのも間もなくだろう。

柔らかくも香ばしい香りが辺りに漂い始めた。

冷蔵庫から運んだ食材を作業台に広げると、レシピを見て頭にたたき込んだ通り作業を進めていく。

食材を切り、調味料を合わせ、豆腐の水抜きをする。

作業は順調だ。

だがそうしていると、北原は不意に腰を引き寄せられた。

「わっ」

「直也、何をしている?」

「レイズ・・・あの、待って・・・」

「あぁ、いくらでも待つ。直也の手料理を食せるなど幸せだ」

「なら、あの・・・離して」

包丁を握る北原にお構いなしに、クラインは後ろからその腰を抱きしめた。

料理をしていると分かっているだろうに何をするのだと、鋭い言葉を喉を過ぎる寸前で呑み込む。

振り返るに振り返られないでいたが、クラインの手はあっさりと離れていった。

「そうか、すまない。あまりに直也の後ろ姿が愛しくて」

「レイズ・・・」

相変わらずこっぱずかしい事を恥ずかしげもなく言うものだ。

腕は放されたものの直ぐそこにいる彼を、今度は何の障害もなく振り返る。

そこでクラインは、柔らかい笑みを湛えていた。

今から、彼の為に食事を作る。

作りたての、大して上手くもない料理を彼が食べてくれる。

それはもしかするとなんとも贅沢な事なのかも知れない。

そうと気づいた北原は、けれど照れ隠しに頬を染めながら唇をさげたのだった。






  

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