クライン×北原・お礼用SS
(日本人基準・6)



自分で作った料理の味など、正直よく分からなかった。

不味くはなかったと思う。

たぶん、旨かったとも思う。

だがそれを舌ではなく頭で理解する余裕はなくて、北原はただ気もそぞろになりながら箸を進めた。

「直哉、とても美味しい。これを全て直哉が作ったなんて」

もう何度目かという同じ世辞の言葉を繰り返し、クラインは肉じゃがへを口へ運ぶ。

いつもそうであるが、彼の言葉はあまりに華美で、それが自分へ向けられているものであると信じ難くなる。

この料理は本当に、日々レストランや料亭で食事をしている彼の舌に耐えうるものなのか、胸を張れないのだから余計そう感じるのかもしれない。

「・・・あ、それは。良かったです」

「以前作ってくれた弁当も、とても旨かった。直哉は普段から料理をするのか?」

「いえ、最近はめっきり。ですから、そんなに腕もないんです」

「まさか。こんなにも旨い物が作れるのだ、十分な腕はある」

「いえ本当に・・・」

きっと彼は勘違いをしている。

今日のメニューは北原の精一杯だ。

無理をしているとまでは言わないが、それ相応の努力はしている。

これが普段の北原の料理ではない。

他に何かを作れといわれても、自分用ならいざしらず彼に食べてもらうようなものは作れないだろう。

「直哉、謙遜をする事はない。謙遜は日本人の美徳だと私は思う。だが、受け入れるべき賞賛というものもあるのではないか」

「・・・」

彼の言葉は華美で。

日本人との感覚の違いだろうか。

人の話を聞かないと言えば聞こえは悪いが、心からの否定も謙遜だと信じてもらえない時は多々あった。

それが今後において差し障りがないものならば構わないかと受け流すようになっている。

北原にしても知っている外国人というのは彼だけではないのだから、広い意味での理解もしているつもりだ。

だが今は、此処を流してしまうと後々困った事になるのではないかと思わずにいられなかった。

「レイズ、本当に違うんです。本当に、普段料理をしませんから、大したものなんて作れないんです」

「しかし、直哉・・・」

「ただ今日は、今日は、その・・・」

口ごもり、舌がもつれた。

手にした茶碗のなかの薄茶色の炊き込みご飯を見るともなく見つめる。

宙に浮いた箸を下品だと感じながらもどうも出来ない中、北原は早口に告げた。

「今日はレイズが来るというので、精一杯を・・・」

曖昧に語尾を誤魔化しながらそれを口にするだけで精々で、北原は遊んでいた箸で炊き込みご飯を口に放り込むと、食す事で視線を下げた。

租借をすると、頭の中で何かが語りかける。

もっと別の言葉を使えば良かったかもしれない。

他には作れないのだとはっきり告げなければ意味はなかったかもしれない。

そうは思えど今更再び口を開く気にはなれず、彷徨う視線を誤魔化すよう食事を続ける。

そうしていると、つかの間無言であったクラインがさも感慨深げに口を開いた。

「あぁ、直哉。それは私の為という事だろうか?直哉は本当に、どこまでも尽くしてくれる。私が今此処に居る事に直哉は・・・」

「いえ、そのような大げさなものでもなくて・・・」

どこまでも、というのは家具や食器を揃えた事も含まれているのだろうか。

それにしても、料理にしても、恋人を迎えるにあたり平均的な事に思える。

「尽くす」という言葉は、どこか不釣り合いだ。

それはお国柄の差、というよりも、生活レベルの差から来るものかもしれない。

彼の恋愛遍歴など聞いた事もなかったが、大企業の子息である彼ならば、恋人もきっと同等の者が多かったのではないだろうか。

そういった人物らであれば、物はあって当然、料理はしなくて当然、というのも嫌味なく頷けた。

北原は至って庶民だ。

実家も裕福な方ではあるし、小学校から私立に通ってはいるが、それにしても彼に比べるならば悲しい程の庶民であるし、今もこうしてワンルームマンションに不満なく暮らしている。

それを恥ずかしいと感じていたし、彼を部屋に呼ぶことを躊躇っていた。

けれど、こうして庶民である事、だからこその当たり前の事を彼が喜んでくれるなら、それは北原にとっても喜ばしい事だ。

「大げさな事ではありませんが、でも、レイズが喜んでくださるなら、良かったです」

テーブルの上の視線を上げる。

その先に居た彼を見つめると、北原は照れくさく頬を染めた。

こんなにも彼が喜んでくれるなら、次の機会があればその時もまた、新しい「精一杯」に挑戦するのも良い。

それでクラインが喜んでくれたなら、何よりではないだろうか。

そしてその時は、彼にも料理を手伝ってもらいたい。

などと一人胸に感じながら、北原は羞恥に耐えかね逃げるよう食事を再開させたのだった。




  

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