ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(理緒と酒と花岡と)



それは、気まぐれと言って良い。

もしくは興味本位の冒険心か。

細長い包みを手にいつもよりも心持ち早い時刻に帰宅した花岡は、玄関に出迎え出た理緒にそれを渡したのだった。

***

大型テレビの前のソファーへ腰掛け、花岡はワインボトルを手にしていた。

透明の容器に薄い桃色の内溶液のそれは、ピーチのフルーツワインである。

口元にゆったりと笑みを作れば、花岡はそれを理緒の手にするグラスへと注いだ。

「どうぞ」

「あ。静也さん、ありがとう」

ワイングラスももちろん在るが、理緒が身構えないようにと普段使いのストレートグラスを使用している。

そこに注がれたスパークリングの小さな泡を立てるピーチワインは、さながらノンアルコールのジュースだ。

だが実際は、アルコール度数4%の立派なアルコールである。

「理緒さんは、お酒飲まれるん初めてですよね。あまり無理はないようしてくださいね」

「うん。気をつけるよ。なんだかドキドキする」

両手でグラスを握る理緒は、照れくさそうに花岡を見上げてみせた。

理緒はもう21歳だ。

法律的には立派にアルコールの摂取が認められた年齢である。

だが、理緒の身体的な理由から、何よりそれによる花岡の過保護さが、今の今まで理緒からアルコールの一切を遠ざけていた。

食事制限が無ければ、内蔵の病気を持ち合わせておらず、故に医師に飲酒を止められていた訳ではない。

そう考えると、やはり花岡の個人的な主観という事になる。

理緒が自らそれを欲しなかったのも、現状を招いた要因だ。

しかしそれがどういった訳か、今日の夕方花岡は無性に理緒にアルコールを飲ませたくなったのだ。

無茶な量はもちろん飲ませない。

理緒に異変があればすぐさま対処を出来るようにしているし、いつでも車を出せるよう同じマンションの別の部屋で舎弟らを待機させている。

何より、花岡自身がついているのだから危険がある筈がない。

これまで遠ざけて来た事柄故に、ひと時の気の迷いで全ての悩みが消え去る訳ではない。

それでもなんとか心の中で己へ言い聞かせ、花岡は仕事の帰りにワインショップに立ち寄ると理緒にも飲みやすいフルーツベースのスパークリングワインを選んだのだった。

「とりあえず、乾杯でもしましょか」

「乾杯、ですか?」

「えぇ。理緒さんの初めてのお酒に」

「そ、そんな・・・。お祝いするような事じゃないよ。成人したてって訳でもないのに」

「乾杯なんて何でも良いって事ですよ。───乾杯」

己でも分かる程、今の花岡は上機嫌だ。

つい頬が見苦しく緩んでしまいそうで、そうだと知られる前にグラスを口にする事で顔を隠した。

「頂きます・・・ンッ」

「どうですか?苦味は少ないでしょ?」

「うん。凄く、炭酸ジュースみたいだね。美味しい。これ、本当にお酒なんだ・・・」

「えぇ。これを美味しい感じるいう事は、理緒さんの味覚も大人になったって事ですよ」

さり気なく囁きながら、花岡が理緒の腰を引き寄せる。

あっさりと手中に収まった理緒を伺いつつも、花岡はグラスを煽った。

花岡にしてみればこんなもの本当にジュースのようで、アルコールだという感覚が得られないが今は然程問題ではない。

「お酒って、美味しいんだね」

「そうですか。良かったです」

嬉しげにグラスを口にする理緒は、二口飲んだだけで頬が朱に染まりつつある。

理緒は決してアルコールに強くはないのではないかと推測をしていたが、それは敵中したようだ。

発熱でもないというのに顔を赤くする理緒が可愛くてならない。

三口目を溜飲すると、その肌の色づきは頬だけに留まらなくなっていた。

額も首も耳も、見える限りが真っ赤だ。

それは「ほんのりと色づく」を遥かに越えていて、危機感をも感じさせる。

たった三口。

それもアルコール度数4%。

けれどアルコールを受け付けない体質の者ならばこのようなものだろう。

グラスの容量は半分以上残っているが、そろそろ終わりにするべきだ。

だが丁度花岡がそう思い始めた頃、不意に胸へずっしりとした重みを感じた。

「ん・・・」

「理緒さん、どうされましたか?」

「・・・ン」

花岡へ完全にもたれかかるよう理緒が力を抜いている。

その要因など聞くまでもなく、滑り落ちる前にと花岡は理緒からグラスを取り上げた。

覗き込むように理緒を見れば、その瞼は半分も開いてはおらず、今にも眠ってしまいそうだ。

まだまだ酔いどころか喉の潤いすら感じ足らないながら、もう頬の緩みを隠そうともしない花岡もまた、空になったグラスをセンターテーブルへ置き寄り掛かる理緒を後ろから両腕で抱きしめた。

「もう、酔われたんですか?」

「静也、さん・・・」

「ご気分は如何ですか?気持ち悪さなど、ありませんか?」

「しずや、さん」

トロンとした眼差しで理緒が振り返る。

もっともその力も弱弱しく、口調はなんとも呂律が回っていない。

理緒が酔っている事は明らかだ。

視線の定まらない眼差しや半開きの唇、赤く火照った頬と熱い吐息が、さながら欲情をしている時と似ている。

「可愛い顔してはりますね。あんまりそないやと、勝手してまいますよ」

冗談めかしで言えば、花岡は力の抜けきった理緒の身体を抱き上げた。

普段は中身が詰まっているのかと疑問に思う程軽い理緒であるが、今はその中身を知れる程度には重みを感じる。

だがそれは決して苦痛な程の重さではなくて、あっさりと理緒を膝に跨らせると花岡は向き合うように抱きなおした。

可愛いのは、顔の造形そのものだけではない。

体調を崩しているわけではないのにぼんやりとしている現状が、花岡を熱くさせてゆく。

本心を言えばこのまま寝室へ連れて行きたい。

だがそうしてしまえば理緒はすぐに夢の中に行ってしまい、花岡の言うところの「勝手」は出来なくなる。

今このまま抱き締め続けていてもいつまで理緒の意識が保たれるかは分からなくて、不毛なジレンマだ。

「どうしましょうね。理緒さんが───」

あまりに可愛くて。

直接下半身に来るのだ、と言いかけた時、それまで花岡の肩に頭を預けていた理緒がはたと身体を起こした。

「しずや、さん」

「理緒さん、大丈夫ですか?」

「しずやさんー」

両ひざをソファーについて花岡に跨った理緒は、手は何処にも捕まってはいない。

意識がはっきりとしない為にその上半身がグラグラと揺れている。

見るからに危なっかしくて、いつ後ろへ倒れてしまうかと見ている方が怖い。

理緒が自分で自分を保てそうにないならば手助けをするのが花岡で、腰を抱いていた手を不安定に揺れる背へと回した。

だが、その腕が理緒を捕まえる前だ。

それまでふらふらと揺れていた上半身が突然倒れたかと思うと、花岡の顔面へ理緒が急激に接近した。

「っ・・・理緒さ・・・っ」

額と額がぶつかりでもすれば、己はともかく理緒が如何様になるものか。

それはいっそ恐怖だ。

しかし、身構えた花岡にその痛みも苦痛も訪れはしなかった。

代りにあったのは、ごく近い距離にある理緒の面持と、そして唇に感じる熱。

それが互いの唇が触れ合っての事であるとは直ぐに理解出来たが、普段弁護士だなんだとしている花岡であっても、その先までは考え至らなかった。

「はっ・・・ふっ・・・ン」

「・・・、・・・」

「んっ・・・しずや、さん・・・もっと」

理緒が、花岡へキスを施しながら、熱い息を漏らす。

もっととねだりながら自ら花岡の口内へ舌を差し出す理緒は、いつにない様子だ。

身体を交えている時ならばともかく平素ではありえない。

酔いが与えた変化、それは花岡にとって喜ぶべきもののようだ。

「もっと、欲しいんですか?」

「もっと・・・もっとして?しずやさんとの・・・チュウ、すきぃ」

トロンとした眼差しが花岡を見つめている。

チュッチュッと音を立てながらキスをする理緒に、愛しさばかりが感じられる。

舌を絡ませ合ってもそれはなんともつたない。

それでも、花岡の中心で止められないものが育ってゆく。

「理緒さんは、また・・・。私をどないしたいんですか?」

「静也さん・・・しず・・・んっ」

己の気分次第で飲ませ酔わせたのだから、せめて優しくしようと思っていたというのに。

熱く火照る身体を抱きしめながらも、ありったけの自制心を保っていたというのに。

それを奪っていったのは、理緒自身だ。

ならばその責任は理緒にとってもらうしかない。

「ふっ・・・んっ・・・あ・・ぁ・・・静也さんのチュウ・・・あまい・・・」

うわ言のように理緒が呟く。

それは花岡の自制心どころか、自我をも失わせていった。

「誰の前でも、酒飲ませられませんね・・・。理緒さん、いらっしゃい。もっと差し上げましょう」

ふっと、笑みが漏れる。

グラス一杯のアルコールでもたかだかキスだけでも、以前の花岡ならば考えられないというのに今、どうしようもなく身体が火照っている。

その要因は目の前にある。

そうとしてしまえる者など、世界中を探しても理緒しかいないだろう。

理緒の背を抱きながら花岡は後頭部を支える。

望まれるままに、望むままに、与えられていた口づけを返すよう理緒の熱い唇へキスを施す。

理緒のつたないそれとはまるで違う、熱く甘く、そして深いキス。

もう理緒にリードを与える隙など作りはしない。

興味本位から始まった晩酌は、早々にお開きとなると恋人たちの甘い時間へと移り変わっていったのだった。







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