三城×幸田・お礼用SS
(三城家の四男・前編)



東京都内。

広大な敷地の住宅が集まる一帯。

来客用の駐車場も十分に完備された此処・三城邸で、三城沙耶子は客人に自慢の紅茶を振る舞っていた。

「さぁ、どうぞ。クラフティが焼けるまでお茶にいたしましょう。焼けましたらハーブティを淹れますわね。よく合いますの」

「まぁ、美味しそう。三城の奥様のお茶はいつも美味しいですものね」

「本当。新しい物をよくご存じで、羨ましいわ」

キッチンから少し離れた向かい。

ダイニングテーブルに三名の婦人が座り、その隅に沙耶子も腰掛けた。

皆が皆小綺麗な身なりで、その上にエプロンをつけている。

そのエプロンにしても皆一様に繊細な刺繍が刺されていたり、美麗なレースがあしらわれていたりと、実用性よりも別の物が感じられた。

名目上「お料理教室」という名のこの集まりは、調理よりもお喋りの多い結局のところお茶会だ。

本日のメニューは「簡単に出来るおもてなしスイーツ」で、その名の通り簡単に出来てしまった為に後はただ焼きあがるのを待つばかりである。

どこかしこの夫人宅で開催されるこの料理教室兼お茶会の沙耶子は常連だ。

沙耶子にしても人に教えられるだけの料理の腕はあるものの普段は招かれたそれに出席する場面が多く、こうして自宅を提供するのは久しぶりであった。

だというのに本日こうして三城邸で行われているのは、「普段」ではない参加者が居るからだ。

「それにしても本当、よく出来た息子さんですこと」

「ねぇ。今時そうそういらっしゃいませんわよ」

「ふふ、ありがとう」

ティーカップを唇に、沙耶子はまんざらでもないと目を細める。

示し合わせたわけでもなく皆の視線がキッチンへと向かったが、そこに一人残る人物は気づいた様子もなく泡だて器でボウルの中身を混ぜ続けていた。

カジュアルなシャツとジーンズ、その上にシンプルなエプロン。

三城家の四男として紹介された恭一が、今回の集まりの陰の主役だ。

「数学の先生だとお伺いしていましたので、もっと神経質そうな方かと思っていましたの。でも恭一さんはとても雰囲気も柔らかくて」

「そうですわよね。温厚そうで、愛想も良くて」

「でしょ。一番出来た子なの」

以前、沙耶子が何かの集まりの時に恭一を「四男」だと言い話題に出したのはいつの事であったか。

その時あまりに沙耶子が「出来た息子」だと自慢するものだから婦人方の興味が牽かれ、再三の催促の末こうして「お披露目」がおこなわれたのである。

そのような本来の目的など当然の如く聞かされていない恭一は、ただただ「奥様方の料理教室」だと信じ、今は中年の女性の細腕では辛い生クリーム作りに勤しんでいる。

もっとも、恭一の足下、作業台の下の棚の中には最新式の電動の泡だて器があるのだが、それは残念ながら知らされていなかった。

「あらでも、上のお兄様方もご立派なご職業におつきでしょう?」

「確か、弁護士さんと社長さんでしたかしら」

「そうそう、それから有名な企業にお勤めの方もいらっしゃいましたわよね」

カップを持ち上げながら、さもさりげなく告げる夫人らに沙耶子もまた特別な事ではないと笑みを向けた。

集まりがあれば大抵上る話題だ。

だからこそか、皆人の家の事をよく覚えているものである。

とはいえ沙耶子にしても、否、聡明な沙耶子は特に、他者の家族構成や職業など一度聞けば忘れはしない。

それどころか、何処で何をしているだとか、どんな相手と交際してるだとか、どこの学校をどのような成績で卒業しただとか、そういったものも含めだ。

結局のところ、女とは噂好きで、そのための情報の貯蔵は凄まじいのだろう。

「えぇでも、あの子達は愛想というものがありませんの。いくら仕事が出来ていても、親には関係のないではなくて?」

「そうですわね。うちの子も警察庁へ入庁したけれど、忙しい忙しいばかりで全然顔を見せませんのよ」

「うちもそうですわよ。演奏会だとか言って世界を飛び回ってはいるけれど、贈り物だけ送りつけておけば良いとでも思ってるみたい。時差があるだとかと言って電話一本寄越さなくって」

「ねぇ。うちも上の三人は似たようなものですのよ。でも、恭一さんは違うの」

三人の息子を産み育てたが、社会人となり数年もすれば皆、実家になど顔を出さなくなった。

長男・冬樹は子供が小さな頃はまだ来てたくれていたが、今は嫁と沙耶子の折り合いが悪い事もあり盆と正月くらいにしか帰ってこない。

次男・秋人は季節の折りに顔を見せるくらいはするが、その時はしっかりと自身の店の商品券であったりフライヤーであったりを置いていく。

つまるところ、交際関係の広い父や母に宣伝をさせたいのだろう。

三男・春海にいたっては、呼ばなくては顔を出さない。

そのうえ呼びつけたところで三度に二回は理由をつけて拒否をするわ、来たところで用件だけでさっさと帰ってしまう。

男の子は仕方がない、女の子ほど実家にいついてはくれない。

そう理解して三十年以上「母親」をしてきたけれど、この年になり現実を見せつけられるのは寂しくもあった。

そんな折りだ。

新しく出来た「息子」は実子にない物を沢山持っていた。

「恭一さんはこの間もね、お弁当のおかずはどんな物が良いのか聞いていらしたのよ」

「まぁ。お料理を?男性の方なのにご立派ね」

「本当。お弁当をお作りなのも、お母様にお伺いするのも、なかなか出来ませんわよ」

「あら、うちの息子もお弁当を手作りしてますわよ。エコだからかしら、なんでも会社の規定で毎週お弁当持参の決まりがあるだとかで」

「まぁ。綾瀬の奥様の息子さんも」

「でもね、うちの子ったら『母さんの作る料理は古くさい』ですって。会社の同僚の方の目があるからそんな物は持っていけないんですって」

「まぁ」

世間の思春期以上の息子などそのようなものだ。

沙耶子の場合、なまじやればこなせるだけのモノを持った息子達だったせいもあってか、嫌ならば我慢などせずさっさと自分で始末をされた経験は一度や二度ではない。

時代の流れ、感性の違い、そういったものは仕方がないと思えど、面白くないものがあるのも事実だ。

その点、恭一は頻繁に頼ってくれた。

料理や季節の些細な事。

恭一自身の両親が既に亡くなっている事もあり、沙耶子しか身近にそういった面で頼れる者はいないのだろう。

こういった接し方は、女である嫁ではなかなか上手く行かないだろう。

少なくとも冬樹の妻はそうで、自身とその実家を三城家と比べては否定的な事ばかりを言って来る。

妻も母も所詮は女同士でしかないという事だ。

その点、同性ではないからこそ、沙耶子は恭一という新たな「息子」を素直に喜べるのだろう。

「本当、出来た息子さんで羨ましいわ」

「恭一さんの奥様になる女性はきっとお幸せでしょうね」

「恭一さん、お相手はいらっしゃるのかしら。もしいらっしゃらないなら、うちの娘なんてどうかしら」

「あらずるい。それならうちの娘も。来年大学を卒業するばかりですのよ」

自身の話題で盛り上がられている事も、それどころか結婚話が出ている事にも気づかず、恭一はキッチンで泡だて器を回している。

カシャカシャとした音が徐々に聞こえなくなっている辺り、生クリームは固まってきているのだろう。

クラフティが焼きあがるのももうすぐで、話を切り上げるには良い頃合いだ。

けれど、これだけは伝えて置かなくてはと沙耶子はカップをソサーへ戻しふと唇を吊り上げた。

「ごめんなさいね。恭一さんには決まった人が居るのよ。仕事しか取り柄がないみたいだけれど、恭一さんが居ないと駄目みたい」

何事もそつなくこなし挫折も知らないような、三男坊。

これまで真っ当に人を愛した事もないようであったが、ただ恭一だけは特別なようだ。

それは春海と少し言葉を交わしただけでも十分に察せられる。

あまりの過保護っぷりに呆れる面もあったが、それを恭一が苦に感じていないならば良いのだろう。

万が一、二人の間でトラブルが起こった時、沙耶子は迷わず恭一につくと考えれば一人笑みを零した。

「さぁ、焼けたみたい。恭一さん、そちらは如何?お茶にしましょうか」

本心としては、恭一を春海の嫁だと言ってしまいたい。

けれどそうすると、当人らは迷惑すると分かっているので当面は「四男」だと自慢するだけに抑えるつもりだ。

男が一人だからと何の疑いもなく一生懸命ボウルを混ぜていた恭一が、沙耶子の呼びかけに顔を上げる。

婦人方のお茶会。

ただ噂の的にされただけだと気づきもしないまま、恭一は黒髪を揺らしながら微笑を浮かべて見せたのだった。






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