三城×幸田・お礼用SS
(三城家の四男・中編)



焼き菓子の良い香りが部屋いっぱいに広がっている。

白く丸い平皿には、クラフティとフルーツ、それから恭一が泡立てたホイップクリームがカフェさながらに上品に盛りつけられた。

「まぁ、素敵。おしゃれですわね」

「本当。これならお嫁さんの前でも恥ずかしくなく出せるわ」

「そうね。それどころか、自慢出来るくらいですわよ」

テーブルについた婦人方が目の前のプレートを口々に誉め合う。

焼き菓子の香りに負けない良い香り漂う紅茶の注がれたカップを配り終えた沙耶子は、盆をキッチンへ置いて戻ると一つ空いた席へと腰を下ろした。

「さぁ、どうぞ」

「・・・、美味しい。甘さがとても上品ですわね」

「えぇ、これなら男性の方でも召し上がれそうね」

「生クリームともとっても合いますわ」

「でしょう。でも、生クリームがなかったり小さなお子さんの場合はアイスクリームでもまた違った味わいになりますのよ」

沙耶子と同世代のご婦人方がクラフティを口に運びながらキャッキャと声を上げる。

旨いケーキだけで盛り上がれるというのは女性の特権だろう。

その声を他人事だと微笑ましく眺め、沙耶子の隣に座る恭一も同じように準備をされたクラフティをフォークで切り分けた。

恭一がサヤコに料理教室へ誘われたのは半月と少し前の事だ。

当初三城は反対をしていたし、恭一にしていても折角の日曜日だというのに彼と過ごせないのは如何かと困惑していた。

一緒に暮らしているとはいえ互いに朝から晩まで働いているので共に過ごせる時間は少ない。

だがその数日もしない内に、料理教室当日に三城の出張が決まったので、恭一は問題が無くなり無事参加が出来ていた。

三城が帰宅するのは今日の夜遅く。

それまでに自宅に戻れば良いし、今日習った物を作って出迎えるのも良い。

賢明に泡立てた生クリームをクラフティへと盛る。

ご婦人の誰かが言ったように、この程度の甘さならば三城にも気に入ってもらえそうだ。

「美味しい」

クラフティはフルーツを入れた焼き菓子で、今日はりんごが入っている。

程良い酸味と甘みの相性が良いのだろう。

つい唇から独り言が零れ頬を緩めていると、それまで会話に花が咲いている様子であったご婦人方の視線が一斉に恭一へと向けられた。

「・・・、あの?」

それは少なくとも恭一には急なものだったので、視線に気がつくなり困惑が浮かんだ。

はじめは隣の沙耶子を見ているのかと想ったがどうにもそうではない。

それまでの会話がどのようなものなのかはっきりとは聞いていなかっただけに、ニコニコとした婦人方の笑みへの返し方が分からなかった。

咄嗟に縋るよう沙耶子へ首を捻ったが、彼女もまた微笑と共に恭一を眺めている。

そんな中まず口を開いたのは、楕円形のテーブルで恭一の二つ隣に座る婦人であった。

「今日はよく来てくださったわ。私ね、ずっとお会いしたかったの」

「・・・え?ずっと・・・?」

「私もですのよ。お会いしてみると本当、三城の奥様の仰っていた通りの方で」

「お義母さんが?」

「あら。お顔を拝見しましたら・・・お噂以上のように思えますわ」

「ふふふ、そうね」

「・・・、・・・」

会話をしているというよりも、一方的に好き勝手を言い婦人方は互いに笑い合った。

言いたい事の半分も伝わっていないように思える。

とりあえず分かったのは、誉められているらしい事と、沙耶子が以前より己の噂をどこかでしていたらしい事だ。

その噂の全貌は知りたいような、怖くて知りたくないような、曖昧な気持ちだ。

料理教室の参加を決めた時、沙耶子には恭一は三城家の四男という事になっていると聞かされていた。

戸籍上は間違いなくそうであるのだが、沙耶子はどのような意味で「四男」と言っていたのかは不明だ。

不明点が多いだけに困惑は重なり、恭一は誤魔化すように笑ってみせた。

すると婦人方は、またも一際声を高くした。

「三城様ご子息様達はどなたも素敵でしたけれど、恭一さんも可愛らしい事」

「・・・は?」

「あら、男性の方に可愛らしいなんて」

「今は『イケメン』って仰るのよ。ねぇ、恭一さん?」

「え?あ、はい。え?・・・えっと」

言葉の意味を答えれば良いなら「yes」だが、己がそうであるのかという意味であるなら「no」だ。

やはり曖昧な返答しか浮かばずに居たが、婦人方は恭一に明確な返答を求めていたわけではないのだろう。

恭一へチラチラと視線を向けながらも、会話は彼女らだけで進んでいく。

「この間どこかのパーティーで、ご三男さんとお会いしましたの。春海さん、でしたわよね。私の事も覚えてくださっていて。とても素敵に成られていましたわ」

「私は確か次男さんだったかしら、秋人さんにお会いしましたのよ。レストラングループの社長さんなんですってね。以前から頻繁に利用させて頂いていたレストランのオーナー社長さんだとお伺いしてびっくりしましたのよ」

「まぁ、ありがとうございます」

実子を誉められてまんざらでもないのだろう。

微笑を返す沙耶子を横目に、恭一は胸をなで下ろした。

大した取り柄のない己よりもこの家の実の息子達の方が何十倍も立派で、同じ男としても憧れるような人たちばかりだ。

このまま話題はそちらへ向かえば良い。

そう考えながら残りのクラフティを口へ運んだ。

だがそれを租借し終わる前に、一人の婦人がさりげなく告げながら恭一へと視線を向けた。

「そういえば、恭一さんは上のお兄様方とあまり似てらっしゃいませんわね」

「そういえばそうですわね。他の、この間お会いした春海さんも、男らしい二枚目な方でしたけれど恭一さんは美人で」

「・・・っ」

つい、口の中に入ったまま咽そうになった。

まさか容姿の話しがそちらへ向かうなど考えてもいなかった。

だが、そこへ触れられれば否定の余地はない。

恭一が他と似てないのは当然だ。

何せ血などつながっていない。

そこ事に婦人方は疑問に想わないだろうか。

そして、己は本当の家族ではないと、バレではしまわないか。

笑顔を取り繕う事も出来ないまま、恭一は挙動不審に視線を彷徨わせた。

隣の沙耶子はなにも言わず、どのような顔をしているのか伺う勇気も持てない。

しかし動揺ばかりが浮かぶ恭一をよそに、沙耶子の反対隣に座る婦人が恭一をのぞき込んだ。

「きっと、お兄様方はお父様似で、恭一さんはお母様似なんでしょうね」

「そうだと思いますわ。ほら、目元なんて」

「あら、似てらっしゃいますわね」

「でしょう、よく言われますのよ」

「・・・、・・・え?」

「そういえば、顔と言えば娘がね───」

話題が、別の物へと移り変わってゆく。

一人取り残された恭一は、唖然としながらもティーカップに顔を埋める事で表情を隠してみせた。

言いたい事も、間違い点も、いくつもある。

だがそれは出来ないくて、言葉は全て飲み込むしかない。

婦人方は今も尚、別の話題で好き勝手に話しているのだろう。

先ほどの言葉にも深い意味などなかっただろうし、社交辞令の一つだと捉えるのが大人というものだ。

けれどどうしようもなく、恭一は頬が緩んでいた。

「恭一さん?」

「え?あ、はい?」

沙耶子に呼ばれ振り返る。

此処では沙耶子の息子という事になっているし、そしてそれは多分普段から変わらない。

今、恭一にとって唯一の両親が三城の両親だ。

似ていると言われた沙耶子の目元を眺める。

どこか気恥ずかしくなった恭一は、照れ隠しにはにかんでみせたのだった。





  

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