三城×幸田・お礼用SS
(三城家の四男・後編)



一週間の海外出張を終え、三城は帰路についていた。

初め恭一は空港まで迎えに来ると言っていたが、それについては三城が断っている。

少しでも早く会いたいという気持ちは大いにあった。

だがたとえ会えたとしても公衆の面前では安易に触れられず、それもまた辛いものだ。

加えて、帰国日の恭一の予定を聞いていれば、無理をさせたくもないとも思えていた。

今日、恭一は沙耶子の主催する「お料理教室」という名の中年女性の集まりに参加させられている。

何故恭一がそのような集まりに参加しなければならないのか、考えても理由を聞かされても理解の出来ないものだ。

沙耶子から直接話を聞いた訳ではない。

恭一から彼女の言葉を伝え聞いただけだが、多分良いように都合の良い事柄だけを教えられているのだろうという印象を受けざるを得なかった。

行かせたくない。

恭一が参加する理由も分からない。

だが当日日本に居ない三城の言葉など説得力には足らないようで、三城が何を言うよりも先に、出張が決まった途端恭一は沙耶子に了承の意思を伝えていたようだ。

それが半月ほど前の話し。

恭一が正に「お料理教室」の最中の頃、三城は機上の人となっていたのでその時の状況は何も聞いていない。

三城が海外へ行った時に連絡のつかない時間を把握している恭一は、そういった時間帯に連絡を寄越す事は殆どなかった。

今回にしてもそうで、飛行機を降りて真っ先に確認をしたメールにはただ一言、「帰りを待っています」と届いていただけだ。

愛想がないとは感じた。

けれど情けないまでに、その一言だけでも喜んでいる三城が居る。

何も聞かされていないのなら直接聞けば良いし、むしろそれが何よりだ。

「・・・恭一」

逸る気持ちから無意識に名を呼んでしまう。

そうしているとタクシーが自宅マンションへと到着し、三城は愛用のキャリーケースを押し恭一の待つ部屋へと急いだ。

深夜前の時間帯はすれ違う人も居ない。

元より防音効果で静かなマンションではあるが、夜という雰囲気がその静けさを増させている。

多くの人が眠りにつきはじめる頃だろう。

それでも恭一は起きて待っていると妙な確信を持ち、三城は自宅に玄関まで来ると施錠のされていないそこを勢いよく引き開けた。

「ただいま」

玄関扉を後ろ手に閉め鍵を掛ける。

いくらオートロックマンションだとはいえ鍵を開けっぱなしにするのは不用心だと常々恭一には言っている。

だというのに今もまた開いていたが、しかしそれはただ、己の帰宅を察して故に思える。

単なる憶測でしかないが、そうと考えれば恭一への愛しさが得られた。

平常心を装いながらもなかなかにそれも出来ないでいると、ふと鼻孔を何かが擽った。

甘い、いっそ甘ったるい香りだ。

「恭一?」

何事かといぶかしみながら玄関とメインルームを繋ぐ扉を押し開けば、その香りはより一層濃くなった。

「・・・ぁ、春海さんお帰りなさい」

「ただいま。恭一、何をしている?」

仕切り扉の正面、カウンターキッチンに立つ恭一は平皿を手に振り返った。

時刻は既に深夜前だというのに今頃キッチンで何をしているのかと、自然と彼の元へ足が向かう。

すると恭一は、嬉しげな面もちを深めてみせた。

「今日、お義母さんのところで教えてもらったお菓子、作ってたんだ」

「料理教室に行ったんだったな」

「うん、楽しかったよ」

「そうか。だが、昼間も作ったんだろ?」

「作ったといえば作ったんだけど、でもその時は僕は見てただけに近いから。おさらいと練習をかねて」

言いながら皿を置いた恭一は、両手が開くとそっと三城へと寄り添った。

正面から抱き合うように、恭一が三城の背へと腕を回す。

一週間ぶりに見る、そしてふれあう恭一は、キッチンに漂う香り以上に甘やかだ。

「何を習ったんだ?甘い香りがするが、菓子か?」

「そう。お砂糖の加減でそんなに甘くないようにも作れるから、春海さんにも食べて貰えるかなって」

「なら、今は俺の為に作ってるのか?」

「うん。もう帰って来る頃だろうと思って焼いたから、もうすぐ焼き上がるよ」

愛しい恋人が、菓子を焼いて帰宅を待っている。

まるで海外ドラマに出てくる新婚家庭だ。

きっとそのような事など恭一は少しも考えていないのだろう。

そうと言えばどのような顔をするのか見てみたい気持ちもあったが、三城は想像するだけに止めその腰を抱き返した。

「どうだったんだ?母さんに良いように使われなかったか?」

「そんな事ないよ。お菓子の作り方を教えてもらって、お茶をしただけ。僕なんて何も手伝える事がなかったくらい。生クリーム混ぜるしか出来なかったよ」

「・・・生クリーム、な」

恭一の性格も、母・沙耶子の性格も十分に熟知しているつもりだ。

それを踏まえ、到底「そんな事はない」とは思えなかった。

そして恭一も、それを正しく理解していない、悪く言えば沙耶子に騙されている可能性は大きそうだ。

互いに密着をしあえば恭一は頬を染める。

その面もちはなんとも可愛らしい。

だが、だからこそ、実があるとも思えない主婦の集まりである今日の催しに参加させたくなどなかったのがだ、終わった話を繰り返しても格好悪いだけだろう。

出来るならばあまり沙耶子とも掛かり合わせたくなかったが、そのような三城の気持ちはストレートに恭一に伝えても尚、恭一に伝わっていないようであった。

何も三城は母親を疎んでいるわけではない。

ただ、恋人を取られて嫉妬しているなど、言えるものか。

だがその三城の心情など知る由もない恭一は、三城の腕の中で殊更笑みを深めた。

「今日は僕、三城家の四男って事になってたんだ。他の奥様達を騙す格好になっちゃったのは心苦しいんだけど」

「戸籍上は本当の事だ。妙な言い方をしだしたのは母さんなのだから恭一が気を病む事はない」

「そう、かな。でもね、その中のお一人がね。僕とお義母さんが似てるって言ってくれたんだ」

「似てる?」

「うん、目元がって。まぁ、お世辞かもしれないけどね。でも凄く嬉しかったんだ」

声を弾ませる恭一は、思い出したのか目を細めた。

沙耶子と恭一が似ている筈などありはしない。

実際は血の一滴も交わっていないのだから、勘違いだと、ただのおべんちゃらだったと、切り捨ててしまいたい。

けれど余りに恭一が嬉しそうにしているものだから、無碍に否定的な言葉を告げられなかった。

「そうか。・・・楽しかったみたいだな」

「うん。あぁいうのも良いよね。あ、焼けたみたい」

少しの嫌みを込めた言葉は、けれど恭一には伝わらない。

頷いたと同時にあっさりと三城の腕から離れれば、電子音のなるオーブンレンジへと寄っていた。

恭一が楽しんでいる事は嬉しい筈なのに、つまらない嫉妬に見舞われる。

本心としてはあのような集まりに、自分の恋人としてではなく「兄弟」として扱われるのが気に入らなくてならなかった。

恭一とは兄弟などではない。

沙耶子の子供となる為に籍を移させた訳でもない。

そのような事を細々と考えてしまうなど、なんとも余裕のない事だ。

「出来た。春海さん、今か・・・明日にでも食べて」

「折角恭一が作って待ってたんだ。今頂こうか」

「あ、ありがとう」

「・・・」

オーブンから取り出した鉄板を手に、恭一は笑っている。

そんな顔をされるから。

ますます余裕も、器量もなくなってゆくのだ。

「次は、俺も行くか」

「え?何処に?」

「奥様達の集まりだ」

「春海さんも!?」

「恭一がどうしてもと言うならな。休日にそんな理由で一人ほうっておかれるのは我慢できそうにない」

呆けた顔の恭一が、三城を眺めている。

まるで言葉が理解出来ないとばかりであったが、いくら鍋つかみを使っていても鉄板を持ち続けていたのは熱かったのだろう。

ハッとするとそれを作業台に置いた恭一が、笑みを苦笑へと変えていた。

「春海さんも一緒だったらきっと楽しいね」

「そうか?」

「うん。僕としては是非、一緒に行ってみたいかも」

いつにない三城の言葉に、冗談だとでも思っているのだろうか。

三城から鉄板にと視線を移した恭一は、軽く返しながらも菓子を見つめる眼差しを真剣なそれへと変えた。

恭一は何も分かっていない。

こんなにも滾る想いを、三城が常々持ち続けているという事を。

それを不満に感じていた頃もあったが、今は分かっていない恭一だからこそ可愛く映るようにも思えている。

「ま、いつかの話しだ」

今、本心から食したいのは甘い菓子ではなく、より甘い恭一。

けれどそれはもう少しお預けを食らう事にする。

それで恭一がより笑みを見せてくれるならば、それを十分に味わってからでも良い。

作業台に向かう恭一を背後から抱きしめる。

首だけで振り返ってみせた恭一は、やはり嬉しげにしていたのだった。



【完】



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