ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクリスマス・3)



街は煌めくイルミネーション。

それにつられるかのように街ゆく人もどこか浮き足立っているようだ。

今まではそのように考えた事も、目に留めた事も多分ない。

極道社会で重視される祝い事ならばいざしらず、それ以外の年中行事など遠藤の興味の範疇外だった。

だというのに今年に限って、平素とは違う一つ一つに意識が向いてしまうのは、実という存在があるからに他ならない。

こういった事に実は興味を持つだろう。

そしてそれを行ってやれば、きっと実は喜ぶ筈だ。

そう考えが続けば、その先にある答えは一つしかない。

普段よりも幾分早い時間に帰路についた遠藤は、愛車が自宅マンションの駐車場へ滑り込むのを待ち座席シートから身体を起こした。

「千原、手はずは整っているか?」

「はい。ご命令通りに指示を回しています。長谷川から、実さんのご様子にもお変わりはないと」

「そうか。なら良い。下手なミス起こすんじゃねぇぞ」

「はい」

遠藤が低い声で唸れば千原は神妙に頷く。

使える物を可能な限り使った結果舎弟らを動かす事となったが、そこに罪悪感など微塵も感じなかった。

実が喜ぶならば遠藤にとってそれが全てなのだ。

なにせ、今日は一生で一度しかなく、取り返しもやり直しも利きはしない。

慎重に成り過ぎるという事はないのだと考えている。

今日は───実にとっての初めての真っ当なクリスマス・イブ。

何事であっても「初めて」は最も強い印象を残すと相場が決まっているだけに、遠藤はここまで落ち着きを持てずにいるのだろう。

エレベーターホール前で車が停車する。

素早く助手席から降りた千原が扉を開ければ、遠藤はさもなんでもないとばかりの態度を振る舞いそこから降り立った。

「頭、お疲れさまです」

「お疲れっす」

「お疲れさまです」

「・・・」

出迎える舎弟らがいつもと変わらぬ仕草で頭を下げる。

千原だけならばいざ知らず、下っ端の連中に足下を見られるのは御免だ。

澄まし顔で強請を張る。

だがそれはとてももろく、呼び出され待機をしていたエレベーターに乗り込み千原と二人っきりになったと同時に、遠藤は忙しなくコートの袖を捲った。

「実はまだ、寝ねぇよな」

「はい。風呂もまだのようです。今日はテレビも特別番組で放送時間拡大であったりとするようで」

「は?あぁ、見てるのか。なんでも良い、起きてたらそれでな」

今の遠藤にとって、一番の敵は実の睡魔だろう。

長年の病院暮らしとそこでの生活に感謝をする事は多いが、睡眠と起床の時間も小児科の頃のままだというのは、帰宅の遅い遠藤にはなかなかに辛いものがある。

いくら遠藤が早く帰宅したつもりであっても、既に実が眠った後であったというのは一度や二度ではない。

すぐに最上階よりも2階下のフロアへ到着すると、もう一度顔を作り直し廊下を進む。

そこでも出迎えた舎弟らに愛想を振りまかず、遠藤はさっさと玄関まで行くと千原が開けるそこから室内へと足を踏み入れた。

「・・・いつもと変わらねぇな」

静かな玄関と、その奥から見えるメインルームの明かり。

そこから僅かながらに届くテレビらしき賑やかな音。

クリスマスだなんだと言ったところで、結局は日常と大差はないのかもしれない。

実が初めてのクリスマスだというなら遠藤も似たり寄ったりで、故にそのような事も今の今まで気づきもしなかったようだ。

「実、起きてんのか?」

玄関とメインルームを繋ぐ仕切扉を勢いよく開ける。

それと同時に確認のような言葉を告げれば、まず長谷川が、次いで実がこちらへと視線を向けた。

「・・・あ、ゆただ。ゆた、ゆた、おかえりなさい」

「ただいま、実。何やってたんだ?」

「あのね、えっとね・・・てれび」

「そうか」

ソファーに座っていた実がさも嬉しげな声を上げながら転がるように遠藤の元まで急ぐ。

足の悪い実の歩みは遅いが、前のめりに賢明になる実が可愛くてならない。

「ゆた、ゆた」

「扱けるなよ」

実の腕が遠藤に伸ばされ、そして触れられる。

それを待ち遠藤は実を抱きしめた。

いつもと変わらない日常だ。

変わった事と言えば、先代達に贈られた大きなクリスマスツリーが我が物顔で鎮座している程度だろう。

顔をあげれば多分長谷川も千原も姿を消している筈で、これから二人の時間が始まる。

「きょうね、くりすますね。あのね、すくーるでね、ぱーてぃしたよ」

「そうか。どんなだったんだ?」

「あのね、えっとね」

「クリスマス」などという名はただのエッセンスだ。

メインディッシュは、いつでも変わらない。

コートも脱がないまま実の軽い身体を抱き上げた遠藤は、緩む頬を押さえもせずにとりあえずだとソファーへと向かったのだった。




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