ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川のプライベート)



美保は、薄っぺらい布団にくるまれ目を覚ました。

じっとりと身体が重い。

それは昨晩の体技のせいか、それともそれ以前に摂取していたアルコールのせいか。

たぶん、アルコールのせいで朦朧とした意識の中訳も分からず無茶をされたからだろう。

慣れきっただるさにある種の心地よさも感じながら、安いスプリングがきしみをあげるベッドの縁へと腰掛けた。

「・・・煙草・・・ライター・・・」

寝ぼけ眼で探る。

ベッドのすぐ下に置かれているローテーブルのそれらを見つけると、美保は長い髪を掻き上げながら手を伸ばした。

此処は美保の家だ。

1DKの部屋はフローリングの洋間で、壁とクローゼットにはブランド物の服や鞄が乱雑に置かれている。

十八歳になった途端に始めた水商売は性に合っていたのだろう、今となっては立派なホステスだ。

だが決して高級店に勤める器ではなく、都心の数ある中流店のその他大勢の一人だが、それでも今の生活に不満はない。

中年の客にはチヤホヤされ、収入も良いし、一応彼氏も居る。

もっとも、その男にしてみれば美保が何人目の女であるのか分からないのも承知済みだ。

煙を上げる煙草をくゆらせながらふと振り返れば、今し方まで自分が居た場所の奥を見やる。

既に冷たくなっているだろうそこに居た男を思い出し、吐き出すように煙を吐いた。

元は客だったヤクザ者の男だ。

まだ粋がった印象も強い、実年齢で言えば美保よりも一つ年下。

無難に生きるばかりのサラリーマンの父親を見ていたからか、危ない橋を無茶に渡るその男に惹かれたのだと記憶する。

だがそれも初めだけで、今となっては惰性と中毒性からだ。

常に一緒に居てくれるわけではない。

甘やかして大切にしてくれる訳でもない。

冷たく粗暴で、自分勝手で約束も頻繁に破られる。

それでも、求めてしまうだけの物を彼に感じていた。

今日にしてもそうだ。

ハカリだったかなんだったかが美保の家にはあるから来た、と言われた気がする。

「・・・あ、そうだ」

煙草を半分ほど吸った頃、記憶が覚醒していく。

その男は、家の前で待ち伏せ美保と共に部屋に入るなり美保を放ったらかしにした。

そして台所で何かをしていて、一段落がついたから相手にしてやるだなんだと失礼な事を言いながら美保をベッドへ引きずり込んだのだ。

それから何時間がたったのか。

疲れて眠っていたが、もしかするとものの数分だったのかもしれない。

ふと煙草を持つ手を顔から離す。

すると不意に、本来この部屋にある筈の無い香りが漂った。

「・・・甘っ」

一度感じてしまうと無視する事の出来ないそれは、なんとも甘ったるい香りだ。

これは知っている。

だが何故、自宅の中で嗅ぐことが出来るのか。

美保が悩んだのも一瞬、すぐにその理由は思い当たった。

「・・・マカロンだっけ。シュークリームて言ったけ」

重い身体を持ち上げ、美保は灰の長くなった煙草を灰皿に押しつける。

フローリングの上にはマットが敷かれているが、今はその上に更に脱ぎ散らかした衣類が散らばっている。

スカートなのかキャミソールなのかも判断が付かない物を気にせず踏み、木枠で仕切られているだけのキッチンへと顔をのぞかせた。

「じゅん、何やってんの?」

「あ?二回目焼いてんだよ」

「二回目?何それ。っていうか、人ン家で何作ってんの?」

「うっせぇなぁ。仕方ねぇだろ俺の家にオーブンも秤もねぇんだからよ」

「何」とは答えないまま、その男・長谷川は振り返ると手にした何かを美保の口へと押し込んだ。

その口調も、態度も、どこか不機嫌そうだ。

けれどいくら長谷川がヤクザだったとしても、キッチンで甘い香りに包まれていると恐ろしさは半減した。

「ッ熱っ・・・何すんのよ・・・ぁ」

「なんだ?マズイってか?」

「ううん。美味しい。クッキー?」

「あぁ」

「・・・あんた、人の家でクッキー焼いてたの?」

「うっせぇな。だったらなんなんだ?相手もちゃんとしてやっただろ」

「そう、なんだけどさ」

焼きたての熱いクッキーを租借しながら、胡乱な眼差しを長谷川に向ける。

口の中に広がるのはチョコレートの味だ。

だが今長谷川の前にある鉄板には白い生地が並んでいる事から、少なくとも二種類以上を作っているようだ。

開き直る長谷川をじとっと見つめれば、彼は美保へ背を向け作業を再開させた。

「仕方ねぇな。お前にもやるから良いだろ」

「良いけどね。美味しかったし。ってうか、ヤクザって皆お菓子作れるもんなの?」

「作れねぇんじゃねぇの?頭とか組長がンなもん作ってるとこ想像出来ねぇし」

「だよねぇ」

かといって、いかにもチンピラ然とする長谷川ならば想像が出来るのかと言えば否だ。

言葉だけは返しながらも顔を上げようとしない長谷川の隣に並ぶ。

その手元を見ると、並ぶ生地はどれもそれなりに整った形をしていた。

「上手いね。趣味お菓子づくりなんて知らなかった」

「あほか。俺の趣味じゃねぇよ」

「そうなの?」

「だったらレンジくらい買うつうの」

「だよね。じゃぁなんで?上手いじゃん」

「・・・実さん。実さんがさぁ、クリスマスにクッキー貰えなかったって言ってたんだよなぁ」

「・・・は?」

「だから、俺が作って持ってったら喜ぶかなぁって話し。わかったか」

「・・・うん」

頷きはしたが、本心としては半分も納得はできていない。

実というのが長谷川が世話をしている、組織の上役の愛人だという事は知っていた。

詳しくはしらないが、子供かもしくは子供のような趣味である事も知っていた。

だがそれを知っていても、今回の件とイコールには結べない。

「よし、あと一回で終わるかな」

「そんな焼くの?あげるの一人なんでしょ?」

「実さん、かなり食うから。それに、失敗作は見せたくねぇだろ」

「何それ。・・・あぁ、偉い人の愛人だからこび売ってんだ」

それならばよほど納得ができる。

思えば、ホストクラブで大金を使っているホステス仲間も、誕生日に花束と手作りクッキーを貰ったと大層喜んでいた。

金を持つ相手にならば、高価なプレゼントよりもオンリーワンの物の方が誠意を伝えられるのかもしれない。

作業台の上に綺麗に置かれているクッキーの横に明らかに形が崩れ雑に扱われているクッキーを見つければ、美保は断りなく形の悪い物を口へと放り込んだ。

「これで偉い人に目、掛けてもらえたらラッキーだね」

「は?何言ってんだ?」

「え?違うの?」

「こんなもんで目ぇ掛けられるわけねぇだろ。てか、実さんが喜んだら喜んだ分、殴られるかもしんねぇし」

「何それ。じゃぁなんでこれ作ってんの?」

夜中に、人の家で。

袖に腕を通しただけの格好でシャツを着る長谷川は、美保同様SEXの余韻が現れている。

その彼と焼きたてクッキーはやはり不釣り合いだ。

オーブンが稼働する音が小さく聞こえる中、長谷川は依然手元にばかり意識を向けていた。

「だから、実さんが喜ぶだろうから、つってんだろ」

「それだけ?見返りは?」

「見返り?なんだそれ。実さんが喜んだらそれで良いだろ」

「・・・惚れてんの?」

「馬鹿。ンな訳ねぇだろ。俺はホモじゃねぇって。じゃぁなくてぇ・・・もう良い。お前黙っとけ」

「なにそれ。ここ私の家なんだけど」

「ンだと?文句あんのか?」

「無いけどさぁ」

腑に落ちないところはあるにはある。

だが、これ以上聞いても彼は真っ当に答えない気がした。

ヤクザには、一般的な思考で理解の出来ない場面が多々ある事も、夜の世界で数年生きていれば自然と気づくものだ。

正に男の、女とは根本的に考えが違う世界なのだろう。

「私にも綺麗なの一個くらい頂戴よね」

「綺麗なのは全部実さんのだ。お前は割れたのでも食ってろ。味は一緒だ」

「そっか。味は一緒だったら良いや」

白い生地と茶色い生地を合わせようとしている長谷川へすり寄る。

すぐさま腕を振るい払われたが、腹立たしさは感じない。

それよりも諦めと苦笑が浮かび、美保は新しい煙草を取りに行ったのだった。




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