ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(倉田と環のコンビニ事情)



花ぐるまで揃って食事を済ませ、倉田一朋[くらた・かずとも]と富永環[とみなが・めぐる]は倉田の自宅へ向かっていた。

環の自宅は花ぐるまの裏手。

徒歩たった二分足らずであるが、木造二階建てのおんぼろアパートは壁が薄くて仕方がない。

このご時世セキュリティーもなにもあったものではないし、真冬の今はすきま風が吹き込む。

それに比べれば、徒歩八分の倉田の単身者用アパートの方が余程しっかりとしているというものだ。

何も特別な事はない。

ただ嬌声が漏れないだけの壁の厚みと、ドライバー一つではこじ開けられない扉があるだけだ。

通い慣れた道を並んで歩く。

その最中、唯一のコンビニエンスストアにさしかかると、倉田は入り口を指さし足を向けた。

「めぐちゃん、悪い。家になんもねぇんだわ。飲みもんと明日の朝飯、それから他居るもんあったら買っていこう」

最近は倉田の家に環が入り浸っている───正確に言うならば倉田が暇さえあれば環を家に連れ込んでいるが、基本的には一人暮らしだ。

そのうえ、どちらにせよ二人とも料理を殆どといってしない為、食事はもっぱら買い食か外食。

加えて自宅にはただ寝に帰る程度で、食材が何もない状態は珍しくない。

今日にしてもそうで、思い返しても冷蔵庫にあるのは缶ビールが一本といつか何かで貰った見たこともないメーカーの缶コーヒーが二本。

それから食べかけのスルメと、パチンコの景品で貰ったサバの缶詰が残り一つ。

どれにしても朝食には向きそうにない。

倉田家の状態は昨晩も泊まった環も知るところで、一つ頷くとコンビニエンスストアへ身体を向けた。

「分かった」

「じゃ、まぁ適当に選んどいてくれ」

屋外でただ立っているというのは歩いている何倍も辛い。

重いロングコートの前を掻き合わせた倉田が自動扉から店内へ入ると、環が続いた事だけを確認し奥へと進んだ。

雑誌売場の前を倉田が通り掛かれば立ち読みをしていた中年の女性と若い男が振り返る。

伸びたまま放置している髪も、職業柄鍛えている身体も、どうにも真っ当な勤め人に見え難いらしい自覚はある。

それどころか暴力団関係者と間違われる事もしばしばで、今も同じくかと思えば苦笑が浮かんだ。

「ビール、ビール。何本か買っとくかな。それから朝は・・・さすがにビールじゃ相内にどやされるだろうからなぁ・・・茶でいっか」

潜めない声音で独り言を呟きながら近くにあった買い物籠を手にする。

飲料メーカーには然程拘りはない。

天井近くまで届くガラス扉を引くと、CMで売り出し中の缶ビール三本とペットボトルの茶を籠へと放りこんだ。

「乾きもんも買っとくかな。日持ちするし」

ガラス扉を閉めれば、その左手にあるアルコール棚の隣に並ぶツマミコーナーから適当にスルメやタラを手に取った。

ツマミにも拘りはなく、甘くあったりスナック菓子でなければそれで良い。

いつ食べるかも分からないというのも拘りのなくなる要因だろう。

残すは朝食だけだ。

片手にずっしりと来る籠を持ち、アルコールコーナーから数歩先のパンコーナーへ向かう。

そうして倉田はようやく環の姿を見つけた。

「めぐちゃん、決まったか?」

パンの並ぶアルミ棚を環が眺めてる隣に立ち、倉田はさっさと目に付いた総菜パンを籠へ入れる。

ソーセージの挟まったそれは三回に一回は選ぶ好みのパンだ。

缶ビールとペットボトルの茶とツマミとソーセージパン。

後は環だけだと彼を見やれば、片手に見慣れた紙パックの野菜ジュースを持つばかりの環は視線の合った倉田にそれを突きつけた。

「これ」

「おまえもそれ好きだな。で、パンは?」

「いらない」

「は?なんで」

「ないから」

「ない?」

「ないから、良い。行こう」

「・・・いやいや、良くねぇから。めぐちゃんが栄養考えてサプリ飲みまくってんのは知ってるけど、それにしても朝飯はちゃんと食わないと頭回らないだろ?」

突きつけられた野菜ジュースのパックを反射的に受け取った倉田は、それを籠に投げ込むとレジへと歩きだそうとする環の腕を咄嗟に掴んだ。

ダッフルコートは厚く指に環の腕の感触までは得られなかったが、足を止めさすには十分だ。

感情の読めない面もちで環が倉田を振り返る。

倉田の好きな環の黒い瞳がじっと注がれた。

この目つきには、覚えがある。

こみ上げるため息を堪えもせず吐き出し、倉田は髪を掻き上げた。

「ないって、いつも食ってるパンだろ?なんだっけ。そうそう、たまごぱん」

「そうだ」

「たまには違うもんも食えって言ってるだろ」

「選べない」

「だったら、そういう時はどうするんだっけ?」

「・・・お前と一緒の物にする」

「正解。これで良いか?」

「なんでも良い」

「そーかよ」

棚からソーセージが挟まったパンの袋を取る。

それを環に見せたが、しかしきちんと確認をしたのかも知れない間にふと顔を反らし環は今度こそレジへ向かって行った。

「複数の中から選ぶ」という行為が苦手なのが環だ。

これでもまだ改善された方で、出会った頃ならば「倉田と同じ」という答えすら持ち合わせていなかった。

毎日同じ場所で同じ物を繰り返し選択するだけなど、倉田には気が滅入りそうだ。

「先行ったって、商品俺が持ってんだっての・・・」

既にレジカウンターの前に立つ環が、倉田を眺めている。

黒髪にダークブラウンのダッフルコート、年齢よりも若く見える面立ちは知らなければ到底医者、それも法医学者などとは思えない。

その外観も、内面も、知れば知るほど倉田との違いを見せつけられ、そこに惹かれている。

食事のメニューすら委ねられる現状を信頼だと錯覚すれば、過保護と思いながらも溺れてしまうのはあっという間だ。

「めぐちゃん、プリンも買っていこう。これめぐちゃん好きだろ?」

「・・・嫌いじゃ、ない」

「じゃ、ニ個ぐらい買ってくか。どうせ明日も来んだろ」

環の元へ向かいながら、冷蔵棚から水色のパッケージを二つ取り上げる。

環が選べないならば自分が選んでやれば良いと考えたのは出会って間もない頃だった筈だ。

重くなった籠をレジカウンターへと置く。

店の奥から店員が走り寄る最中、いつの間にか隣に居た環がふと倉田のコートを握って見せたのだった。




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