ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(夏樹の女性事情)



夜も早いうちに一日のスケジュールの全てを終えた夏樹は、早々に黒川とレストランで食事を済ませ彼の家へと来ていた。

相も変わらず食事をしていても二人の間に会話は少ない。

だがそれを含んだうえで、彼と過ごす時間に安らぎを感じている。

そもそも夏樹にはバレエ以外の話題は殆どなく、会話をしたとしても話がかみ合うとは思えない。

結局のところ、想いを通じ合わせた今も二人を繋ぐ最も有効な手段はSEXだ。

そこに苦笑が浮かびもする。

けれど嫌な訳では決してなく、自宅に到着するなり電話だと離れていった黒川を夏樹は寝室で待っていた。

リビングルームにはソファーも立派な液晶テレビもある。

けれどそれ以外の物が少ない部屋は、広さばかりが際だって落ち着かなかった。

しかし寝室ならば、男二人が寝ても窮屈さを然程感じない大きなベッドが部屋の大半を埋め閑散とした印象はない。

最近購入したばかりのカジュアルジャケットを脱ぐ。

黒川との食事で賑わった店は少なく、落ち着いたレストランでも恥ずかしくない物をと選ぶようになった服装だ。

その下はTシャツであったが、ジャケットと同じ決して安物ではないブランドの品だ。

彼は今まで夏樹の知らなかった世界を見せてくれる。

けれどそれだけに、肩肘を張ってしまうのも事実だ。

「はぁー・・・」

ベッドの端へ腰掛け息を吐き出す。

このまま後ろへ倒れてしまおうか、とも考えた時、不意にくぐもった機械音が夏樹の耳に届いた。

「電話・・・ジャケットか・・・っと」

べっどの上へ放ったばかりのジャケットを腕を伸ばして引き寄せる。

右の腰ポケットに入れた事は間違いないが、畳んだジャケットのどちらが右であるのか直ぐには分からない。

早くしなければ着信が切れてしまうと焦り手が縺れたが、音を頼りも見つけると夏樹は液晶画面を確認しなままに通話ボタンをタッチした。

この携帯電話に掛かってくるのは仕事関係が殆どだ。

極たまに両親や姉が、そうでないならば黒川であるが彼は今も同じ家に居る。

「もしもし」

『ぁ、もしもし。伊吹さんの携帯電話ですか?』

スピーカーの向こう側から若い女性の声がする。

凛と澄ましたその声はしっとりとしているが決して事務的ではない。

それどころか親しみも感じられる口ぶりで、彼女は間を置かずに続けた。

『エクシーレバレエの二宮です』

「こんばんは。伊吹です。ご無沙汰しています」

『ご無沙汰しています。突然すみません。今少しよろしいですか?』

「はい、構いませんよ」

チラリと寝室の入り口を見る。

するとまるでタイミングを見計らっていたかのように、そのドアノブが回された。

「・・・ぁ」

『伊吹さん?ご都合・・・』

「いえ、大丈夫です」

手元の携帯電話を気にしながら黒川が寝室へと戻る。

携帯電話を耳に当てる夏樹に一瞬目を止めたが、しかし黒川はそれ以上何も言わなかった。

たかだか電話の一本だ。

彼自身が今しがたまで電話をしていたように、夏樹には夏樹の要件程度ある。

『この間の舞台ではお世話になりました。伊吹さんの踊りはとても踊り易くて』

「そういって頂けると嬉しいです」

部屋へ入る黒川と入れ替わり出ていくべきかとも考えたが、夏樹が立ち上がる仕草を見せるとその隣へ座った黒川が夏樹の腕を引いて制した。

此処に居ろという事なのだろう。

ふと見た彼の面もちからは感情が読めなかったが、特に気にするでもなくベッドへ戻った夏樹は彼にやや背を向けた。

『それで、お電話した件なんですけど』

「はい、何かありましたか?」

『来月独立をする事になりました』

「そうなんですか、おめでとうございます」

独立という事は、自身で教室でも開くのだろう。

ダンサー一本では食べていけない場合が殆どのバレリーナの場合、所属するバレエ団と自身の教室の掛け持ちなどよく聞く事だ。

『ありがとうございます。それで、今後うちで舞台をする時は、是非お力をおかしくださいね』

「えぇ、是非。二宮さんなら喜んで」

『良かった。ありがとうございます。私も伊吹先生になら安心してお願い出来ます。今度関東支部の舞台にご出演されますよね。見に行く予定をしてるんです。楽しみにしていますね』

「お越しになられるんですか。でしたら楽屋にもお越しくださいね」

『はい。覗かせていただきます。・・・では、またその時にでも』

「はい。ではまた」

ありふれた言葉で会話を締めくくれば、耳から携帯電話を離し数秒を待って夏樹は通話を切った。

バレエ団に所属をしていてもそこは会社でも事務所でもない。

出演依頼が極個人的なやりとりである事も多く、いうなれば携帯電話は夏樹にとって重要なビジネスアイテムだ。

「独立か・・・」

暫し眺めていた携帯電話をベッドの上に何気なく置く。

そうしていると、前触れなく後ろから背を抱き込まれた。

「誰だ?女か?」

「仁・・・まぁ・・・女って言えばそうだけど」

「俺の前で堂々と女と電話しやがって。良い度胸だな」

「二宮さんはそんなんじゃないよ。っていうか、出て行かせてくれなかったのは仁じゃないか」

「そうだったか?」

胸の前へと回された黒川の腕に触れれば彼が耳元でふと笑う。

冗談めかした言葉は、けれどその中に嫉妬を感じれば嫌なものではない。

「仁だって、女の人からの電話だったんじゃないか?」

「どうだかな。気になるか?」

「なりますよ。だめですか?・・・ぁ」

答えは、聞けなかった。

黒川の腕によりベッドへと仰向けに倒される。

そうして覆い被さった黒川は、言葉を遮るように互いの唇を重ねて見せたのだった。




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