ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(環のお仕事)



忘れがちであるが、環は学者だ。

司法解剖が必要である死体がひっきりなしに上がる訳でもなければ、東京都内だけでも数カ所ある法医学教室が満タンになる訳でもない。

ならばそれ以外の時をどう過ごすのかといえば、研究だ。

より殺人事件が解決出来るようにと、死因や障害の分析や診断方法の開発を日々研究している。

与えられた事を与えられただけこなせば良いデスクワークとは違う。

倉田ならば三日、否ものの三時間で根をあげるだろう地道な作業を職務とする辺り、そこからも環という人柄が伺える。

職業がどうあれ、世間一般的に「学者タイプ」と呼ばれる人種も存在するが、環は正にそうなのだろう。

興味を惹かれれば調べたくなるのは至極自然な流れだ。

「で、だな。こっちが拡張器。広げんのに使うんだ」

「そんな物もあるのか」

「元々その為に作られた場所じゃねぇからな。男同士は色々手間なんだよ」

「そうか」

週末の深夜。

倉田の自宅マンションのメインルームで、座卓の上に広げたノートパソコンを揃ってのぞき込んでいた。

倉田はあまりデジタルに強いとは言い難い。

だが未だ二つ折りの、それどころか何年使用しているのかも知れない塗装のはがれた携帯電話を持つ環よりはましだろう。

彼の家にも数度訪れた事はあるが、一見して見当たらなかったパソコンの類は、一見どころかどこを探しても存在しないようだ。

このご時世、インターネットがなくては様々な面において不便がある、という程度には倉田もそれを利用している。

その最たるはネットショッピングだ。

日中働いている者にとって、営業時間を問わず自宅まで届けてくれるネットショップはありがたい事この上ない。

加えて、それがアダルトグッズ関係であれば尚の事である。

元は何の話をしていたのか、流れから環が自身に使用されている物を販売している場所が見たいと言い出したのが切っ掛けだ。

もっとも倉田が環に使っているのは潤滑油のラブローション程度。

後は自身の持ち物で十分だ。

しかし環が見たいと言うので、探すのが面倒だという理由から毎度リピート利用をしている販売サイトを見せていた。

そこは特別ゲイ向けという訳ではない。

女性の身体に合わせた物も男性の身体に合わせた物もあれば、男女兼用で使用出来る品もある。

さも物珍しげに眺める環の眼差しは、なんとも真摯だ。

「性行為に様々な道具を使うとは知らなかった」

「まぁ・・・別になくても出来るし、一生使わねぇやつも居ると思うけどな」

「そうなのか。なら、何故こんなにも多くの物が存在するんだ」

「それは・・・好きな奴は好きだからじゃね?」

「そうか」

液晶を眺め続ける環に、一歩身体を引いた倉田がその様子を眺める。

他者とこのような趣のサイトを見たのは初めてだが、それがまさかこうも色めき立った雰囲気がないとも考えなかった。

さすがは環だ。

倉田の予測の範疇を軽々と越えてゆく。

しかし、その様子をみて楽しんでいたのもつかの間。

アダルトグッズを見ていると倉田の男の性もそれなりに目を覚ましており、環の背を眺めていた倉田はその肩を後ろから抱いた。

「なぁ、もう良いか?それより───」

「倉田、これは何だ。何故此処にこんな物が売っている」

「は?・・・あぁ」

だというのに、倉田を気に止めた素振りもなく環は微かに声を弾ませマウスに手を伸ばした。

職場ではパソコンを使用しているらしくマウスを握る手は様になっている。

それを操作しポインターを向ければ、環はそのボタンをクリックした。

他のポップでエロティックな字体とは違う、明朝体か何かの堅苦しい文字。

わざとそれを演出しているのだろうボタンには、「医療器具」の文字が踊っていた。

「なんていうかアレだ。一種の特殊趣味だな」

「趣味?これは遊びの道具ではない」

「いや、まぁ、そうなんだけどさ」

環のクリックしたページの先では、それまで見ていたローションや拡張器と同じとり扱いでそれらも並んでいる。

何故出来たばかりの恋人にアダルトグッズの説明をしなくてはならないのか。

不満はやがて疑問へとすり替わってゆく。

「クスコに、開口器、イリガートルもあるのか」

「なぁ、めぐちゃん。もう良いんじゃ───」

「こんな物を購入し、何に使うんだ。倉田」

「何って・・・」

振り返った環の眼差しは真っ直ぐで、そこに色気はない。

だからこそ、淫猥な質問ではなくただの疑問なのだと伝えられた。

環にならば嘘をつくのは簡単だ。

だがそれは果たして最善なのか。

躊躇った時点で、倉田は不敗をしていたのかもしれない。

「カテーテルもある。尿道にと書いているが、これを購入する人はきちんとした勉強をした者なのか?」

「いやぁ・・・多分、違うと思うけど」

「危険だ。気軽な気持ちで使って良い物ではない」

「そうかも知れないけど・・・」

尿道攻めなる行為がある事は知っているし、カテーテルという物を使うらしき事も聞いた事がある。

他の医療器具関連にしても、性的な意味合いでの使用方法を知識としては知っている。

だが、それらを使用してみたいと考えた事はない。

その為倉田が叱責されるのは随分とお門違いだ。

鋭い口調へとなってゆく環に戸惑うが、何を言われたところで倉田にはどうする事も出来はしない。

あるとすれば、一刻も早く環からこのサイトを離す事くらいだ。

ため息の溢れそうな所を堪え倉田は環を後ろから抱きしめる。

その中央では、先ほどから高ぶりが主張していた。

「な、もう良いだろ。それより俺たちが良い事しよう」

「・・・背中に当たる」

「まぁな。そりゃめぐちゃんとこんなもん見てたらな」

「・・・そうか。わかった」

「そうそう。な、だからベッド行って───」

言葉とは難しい。

違う人間なのだから当然かも知れない。

趣味でもないSMグッズのページからようやく離れられると気分も高揚した倉田は、けれど振り返った環の変わらずに真っ直ぐな眼差しにどこか嫌な物を感じた。

「僕は、学生の頃にきちんと学んだ。だから問題はない」

「・・・は?何の話しだ」

「倉田はカテーテルを使いたいのだろう。だったら僕がきちんと施術を行う」

「は?え?ちょ、めぐちゃん?」

「あれらの医療器具が性行為の助けとなるとは考えた事はなかったし、まだ僕には分からない。けれど倉田が利用しているサイトにあるのなら───」

「は?ちょ、俺もンな性癖ないっての。ノーマルだ、ノーマル」

環と話が通じないと思う時は幾多とあれど、今日もまた酷い。

勢い任せに否定を見せる倉田に、環は未だ真っ直ぐな、いっそ不思議そうな眼差しを浮かべていた。

「だが・・・」

「もう良い、ベッド行くぞ。ほら」

「これは買わなくて良いのか?」

「いらねぇって。ていうか買うなよ、ンなもん」

「・・・そうか。良いのか・・・」

環の腕を掴んで無理矢理に立たせる。

身体の中に宿る熱はすっかりとなりを潜めてしまったが、しかし倉田の欲情までもが収まった訳ではない。

欲情と言えば語弊があるだろうか。

今はただただ、環を組敷きたい。

パソコンを放置したまま環は倉田に従う。

これからは恋人同士の甘い時間だ。

それで良い。

極ノーマルで、互いの身体だけでも十分に愛し合えるのだと分かりあう筈だ。

だが寝室へ入る直前に環を振り返ったその一瞬。

彼がどこか寂しげな面持を浮かべているように感じたのは、自身の保身の為にも倉田は見なかった事にしたのだった。



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