ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(ももの景品)



宮川組系三次団体・武蔵野会。

東京隣県の片隅。

地域密着型のそのシマの一角にある武蔵野ビルに、武蔵野会事務所はある。

夕方五時。

定時を待ち、武蔵野会若頭・浅海誠司[あさみ・せいじ]は武蔵野ビルの入り口に居た。

足下に置かれた安易なアルミ製の灰皿に煙草の灰を落とす。

壁に背を預け立つ姿は、どこから見てもヤクザそのものだ。

ブラック系のスーツは夕方とありやや折り皺がついており、開襟に着こなすシャツは濃い青色で、今はその上に重い皮のロングコートを着ている。

後ろに撫でつけた髪は先ほどまで少し崩れていたが、ビルを出る前に整えてきた。

「まだか・・・残業でもしてんのか・・・」

煙を吐き出しながら独り言が零れる。

日中連れている腹心は、今日はどこぞの飲み屋へと行かせた。

以前はどこへ行くのも、仕事とプライベートの差などないように一緒だった男だが、ここ最近はそうでもない。

それというのも、夜の時間の多くを共に過ごしたい別の存在が出来たからだろう。

煙草を持つ方の袖をめくり腕時計を確認する。

五時を五分しか過ぎていないので、まだ着替えでもしているのだろう。

殆ど毎日この時間にこうしているが、時間の進みはやたらと遅い。

五時の定時、というのは浅海のそれではない。

始業も終業も、定休すら絶対の決まりのない稼業だ。

特に武蔵野会の会長は上位団体の國高組に出ずっぱりで、実質のトップが浅海であるために自由はいくらでもきく。

定時というのは他でもない。

五分を長く感じる、最愛の待ち人のそれである。

煙草を一本吸い終わる。

手持ちぶさたにもう一本と考えていた時、ビルの奥からパタパタとした足音が聞こえた。

「あ、ぁ・・・あ、あ、あ・・・浅海、さ、さん。お・・・おま、おまたせ・・・し、しま・・・」

「いや、俺も今来たとこだ。煙草でも吸おうかと思ってたんだけどな。早かったじゃねぇか」

壁から背を離した浅海は、待ち時間などおくびにも出さず言ってのけると、肩で息をする青年・國本桃太郎[くにもと・ももたろう]を見下ろし目を細めた。

急いで出てきたのだろう。

ダッフルコートの首もとから覗く麻生地のシャツの襟が不格好にめくれている。

何も言わないまま手を伸ばすと、浅海はめくれた襟を整えた。

桃太郎と出会い、そして特別な関係へと発展し数ヶ月。

中が深まれば深まるほど、腹心の男と一緒に飲みに行かなくなっている。

だがそれは奴にしてもありがたいだろう。

桃太郎は浅海の腹心の弟だ。

奴にしてみれば兄貴分と実弟という事になり、その組み合わせでの食事は旨いばかりではなさそうだ。

桃太郎は十九歳で、武蔵野ビルの清掃員をしている。

浅海としては、働かずとも不自由のない暮らしをさせてやれるのだが、働きたいというのは桃太郎たっての希望だ。

あまり人気のある職種だとは言えないが、文句の一つも言わず桃太郎は毎日仕事に勤しんでいる。

桃太郎の仕事を終わるのを待ち食事に行き、浅海の仕事でもある夜の店まわりも兼ねて飲みに行く。

今日の夕食は散々に悩み馴染みの寿司屋にしようと決めていたが、歩き出す前に浅海は桃太郎の抱える見慣れない物を無視出来なかった。

「モモ、それどうしたんだ?」

桃太郎は浅海のプレゼントした薄茶色の斜めがけバッグを肩に掛けている。

多分財布程度しか入っていないが、桃太郎にはよく似合っている、と少なくとも浅海は思っている。

だが今はそれだけではなく、大きな紙袋を両手で抱えていた。

色は黒で、アルファベッドでロゴが入っている。

そのロゴに見覚えはあったが、何であったか咄嗟には出てこない。

ただ分かるのは、家を出た時に持っておらず、己が贈ったものでもないという事だ。

「も、も・・・もらい、ました」

「貰った?誰にだ?てか、なんだそれ」

「しし・・・しら、しらない・・・・知らない、ひと」

「知らない人?モモそれ・・・」

「で、で・・でも。でも・・・あ、あ、あさみ、さんの、じ、じむ、しょ。はいって・・・」

「事務所に?ってことはうちのもんだな・・・」

今日は一日事務所にいた。

特別な事もなく、だらだらと過ごし、時折立ち替わる構成員が持ってくる話しに相づちを打つ程度だった。

だからこそ、今日事務所に構成員以外の者は訪れていないと言い切れる。

それが誰であるのかは知れない。

ただ、桃太郎が浅海の特別である事はビルに日常的に出入りする者なら皆が知っているので、悪意のある行為には出ない筈だ。

暫し浅海を見上げていた桃太郎は、紙袋を抱える片手を離すと、袋の口を開けて浅海に中を示した。

「お、お・・・おか、お菓子。い・・・いっぱい、もら、も・・・貰いました。ぱ・・・ぱ・・・ちんこ」

「は?・・・・あぁ、そういやこれ、あそこのパチ屋のロゴだな」

浅海の呟きに桃太郎は何度も頷いた。

紙袋の中には無数のスナック菓子が入っている。

大小さまざま、大きな箱や袋の隙間には小さくばらけた菓子の陰も見えた。

どこでどのような経緯があったのかは分からない。

余った玉を菓子に変えて邪魔になったので見かけた桃太郎に渡したのか、もしくは故意に大量の菓子と交換しわざわざ桃太郎に渡したのか。

どちらにせよ、未開封の市販の菓子にいたずらをする程度の男は武蔵野会の事務所には出入りしていない筈だ。

「良かったな、モモ。凄い数だ」

「は・・・はい。う、う、うれ、しいです」

重かったのか早々に両手で紙袋を抱えなおした桃太郎は、頬を赤くし笑った。

冬の寒さも要因し、色づく頬は鮮やかで名が示す通り桃のようだ。

それを見ているだけで、浅海もまたふと吊られて笑みが零れる。

菓子がこれでもかと入った紙袋をあっさりと片手で取り上げると、浅海は空いた桃太郎の手を取った。

「寒いな、行くか」

「・・・ぁ」

「どうした?」

「あ・・・あ・ああり、がとうです」

「どういたしまして」

桃太郎の両手がふさがっていて不便なのは浅海の方だ。

きつい業務用洗剤を使用しているからか荒れてザラリとしている桃太郎の手を握り込む。

見下ろした姿は、先ほど以上に嬉しげに、そして頬を染めていた。

「今日は寿司食うか。モモは何が好きだ?」

「お・・・お・・・おす、し。え・・・え・・えっと」

浅海と桃太郎が出会い、桃太郎が六畳一間から救い出され数ヶ月。

桃太郎を取り巻く環境は、浅海と実兄、それから武蔵野会ビルに出入りをする男達と共に大きく変化をしていたのだった。








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