ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(香坂と酒と暁と)



ある日の夜。

定時そこそこに帰宅した暁と、日付が変わる一時間ほど前に帰宅した香坂は、揃ってテレビを見ていた。

センターテーブルには香坂の舎弟が用意したツマミ。

クラッカーの上に生ハムやチーズの乗った洒落た物で、今は皿の上に三つが残るだけだ。

だがそんな洒落たツマミの一方、テーブルの上に転がるのも暁と香坂の手に握られているのも、銀色に光るビールの缶である。

暁としてはツマミもスルメやチーズタラで良いのだが、用意をしてくれた物を無碍にするつもりもなく、有り難く出された物を頂いていた。

「暁、もう一本飲むー?」

「んー・・・ううん、もう止めとく。これもまだ入ってるし」

「そぉか」

センターテーブルの前の大降りのソファーに腰を沈めていた香坂が立ち上がり、それを視線で追いながら座ったままの暁は否定的に首を振った。

一時間ほど前に香坂が帰って来てから飲み始めたビールはこれで三本目。

まだ本格的な酔いは遠そうだが、これ以上飲み続ければ確実に明日へ響くだろう。

半分ほど中身の残った缶を振る。

納得したのかあっさりと一人冷蔵庫へ向かう香坂を見送り、暁はテレビへと視線を戻した。

放送中の番組は、凄く興味のある内容でもない。

若手から中堅の域に入るかという一応はアイドルのカテゴリーの男性四人組ユニットのバラエティー番組だ。

真正ゲイである暁は、アイドルにしても女性より男性を見ている方が楽しい。

ふざけているのか本気なのか、マニアックな話を素人にも分かり易く説明する専門家を紹介する彼らを眺め、暁はビールを口にした。

「・・・スーツに眼鏡って、良いよなぁ。頭良さそうに見えるし」

番組の趣向なのだろう。

彼らは一様にサラリーマン風のスーツに髪を撫でつける出で立ちで、内二名は眼鏡を掛けていた。

一人はやぼったい黒縁で、もう一人はシルバーフレームだ。

別段彼ら自身に好意を抱いた訳ではなく単なる感想だ。

番組はCMへと移り、暁はビール缶を大きく煽る。

そうしていると、急にソファーが深く沈み香坂が戻ったと知らせた。

「なにそれ。暁浮気や」

「は?何言ってんだよ。・・・あ、そう言ったら花岡さんはしてたよね、眼鏡。やっぱり頭良い人が掛けるから頭良く見えるだけかな」

スーツに眼鏡、そして頭脳の明晰さとくれば一番に思いつく香坂の側近の一人を脳裏に描き、暁は納得をしたように頷いた。

常に隙を見せず余裕に満ちた花岡は、嫌味なまでに眼鏡も胸に光るバッチも似合っている。

彼の知力は見た目だけのまやかしではなく、そのヒマワリのバッチが強く主張していた。

「やっぱり浮気やん」

「だから、意味分からないって」

「静也ばっかり、頭良い、頭良いってぇー」

「実際そうなんだから仕方ないだろ」

「俺かっておんなじ学校出てるやん。そりゃ学部はちゃうけどー」

「え?!そうだっけ?」

「うそぉ、知らんかったん?」

「・・・えっと」

背もたれに預けていた身体が反射的に跳ね、咄嗟に香坂を見やると彼は半ば冗談めかしたように顔を顰めていた。

いつだったか聞いた事のある花岡の出身大学は京都にある日本でも有数の一流大学だ。

つまるところ香坂もそこの出身という事になる。

それも以前聞いたかもしれないが、少なくともアルコール片手の今の暁の頭にはまるでなかった。

「だったら、少しはそれらしくしたら良いだろ」

「それらしくって何ぃ?あ、もしかして俺にも眼鏡掛けてほしいん?えぇ、なそれ。掛けよかな、眼鏡」

でかい図体で暁に寄りかかりつつ、香坂は冷蔵庫から持参したばかりのビールの缶を開ける。

酔いが回っているのか元からの性格か、深夜にも近い時間帯とは思えない明るさだ。

その大小はあれど大抵香坂はこの調子で、だからこそ花岡と同じ大学出身に見えないのだ。

肩へのし掛かる香坂を片手で押し返すが、びくともしない彼に眉間に皺が寄る。

「重い」

「やってぇ、暁が構ってくれへんしぃ」

「酔ってんのか?だったら寝ろよ」

「なぁ、俺の眼鏡見たい?なぁ、見たい?」

「甲斐、目、悪くないだろ。掛けなくて良いよ」

「静也かってあれ、伊達やん」

「・・・」

本格的に暁へ寄りかかった香坂は、次第に体制を落としてゆく。

手に開けたばかりの缶ビールを持ったまま、ソファーに横たわると膝枕の体制を取られた。

肩に寄りかかられるよりはまだましだ。

加えて、嫌な気も特別しない。

だが大の男が更に体格の良い男を膝枕しているなど、綺麗な構図ではなさそうだ。

底に溜まるだけの中身を飲み干し、暁は空になった缶をソファーの下に落とす。

そうして顔を背けても、香坂は話題を変えてはくれなかった。

「なぁ、暁。見たい?なぁ」

「もう、しつこいな。見たいよ、見たい。それで良いんだろ」

「うわっ。ごっつい適当やん。静也静也言うてたくせにー」

「言ってないし。良いよ、甲斐はそのままで」

暁の膝に頭を預け仰向けとなっていた香坂が起きあがろうとしたが、その肩を押さえて制したのは思考よりも感情が先立ったからだ。

必要もない眼鏡など無くて良い。

ただ、それだけだ。

膝の上の香坂を見下ろしたが、このままではビールも飲めないだろう。

彼の手にあるままの缶ビールを取り上げると、大きく一口を煽る。

酔いは確実に身体に回っていた。

「どないしたん、急に」

「別に、理由はないけど」

「あ、あれやろ。『飲むん止めて早くベッドに行こぉ』って」

「そ、そんなんじゃ・・・」

「可愛いなぁ、暁は。こっから見る暁もえぇけど、でもやっぱり俺としては、見下ろす方がえぇかなぁ」

「・・・ぁ」

それがどのような意味であったのか、暁は詳しくは聞けなかった。

今度こそ暁が制止をする前に跳ね起きた香坂が、暁の手から奪った飲みかけのビールを一気に飲み干す。

そうしてソファーからも立ち上がると、まるで酔いを感じさせない身振りで暁に手を差し出した。

「行こか」

「・・・明日もあるから、俺は寝るからな」

「寝れるんやったら寝たらえぇけど。俺はやるで」

「なんだよそれ」

ニッと香坂が笑うと、暁の頬に熱があがる。

それはアルコールのせいかそれとも。

結局は暁にしても期待をしていたのかもしれない。

そうでないなら、もっと適当に香坂をあしらえた筈だ。

香坂の手を取ると、その手も熱い。

内容など殆ど頭に残っていないテレビ番組をリモコン一つで消し、有無を言わせない香坂に腕を引かれた暁は寝室へと向かったのだった。





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