ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(片桐と一のプリクラ事情)



それは、ある日の夜。

一日の仕事も夕食も終え、片桐は一の部屋でくつろいでいた。

最近はもっぱらこの部屋に居る。

見慣れた物に囲まれている方が一は安心をするし、片桐の職務の一つは一の護衛であるので主を優先するのは当然の事だ、というのが堂々とした言い訳だ。

本当のところは、一の部屋は広い日本家屋の一番奥に割り当てられているので、滅多に他の者も通らず居心地が良いからだ。

畳の敷き詰められた和室に最新式の薄型テレビとアルミ製のテレビラック。

その前に置いた座椅子に座る片桐の膝に一が跨り、ありふれた時間を過ごしていた。

「おい一、じっとしてろ。揺れるな」

「ん・・・」

向かい合うようにし片桐の膝に乗る一は、片方しかない腕をその背に巻き付ける。

表情は薄く言葉も少ない一であるが、どうやら今は機嫌が良いようだ。

しかしその分、片桐の上で身体を揺らし落ち着きを見せない。

そうされると邪魔で、無理に揺らされる身体は鬱陶しく、受ける片桐としては楽しくはない。

だが今の状態が日常化している程度に、片桐は一を許していた。

発達障害の為言っても仕方がない。

片腕が不便で可愛そうだ。

一を甘やかしてしまうのは、ただただ一に同情をしているからだ───と自分自身に言い聞かせているものの、真実のところはそうではないと気が付いている。

つまるところ、結局は片桐は一に甘いのだ。

「いち、まさ好きぃ。いち、まさぁ」

「ンだよそれ。関係ねぇだろ」

一も片桐の胸の内に気が付いたのだろう。

成人男性の平均よりやや小さい程度の、立派な大人の図体全てで甘えてこられては片桐もまんざらではない。

そこに障害や腕の本数など関係ない気がする。

だがそれを認めてしまうのはどこか悔しくて、ほだされる度に一の身体を言い訳に自分自身に弁明をしてしまっていた。

「好きだったら好きで面倒かけるなよ」

「んー・・・」

一が片桐の首をしっかりと抱く。

身体を揺らさなくなったものの、代わりに足を踏みならした。

一なりの反抗なのだろうが、そうする姿もまた、片桐のつまらない部分を満たしていた。

「これ終わったら風呂でも入るか」

特別興味を持って見ていた訳でもないテレビ番組も後半へとさしかかる。

この先も片桐にとって重要な内容が放送されるとは思えないが、番組の終了というのは一つの区切りだ。

ゴールデンタイムにありふれた、お笑いタレントとグラビアアイドルが出演している軽いタッチのバラエティー番組。

そろそろ三十代も後半にさしかかる片桐には、あまりついていけない内容も含まれる。

キャッキャとはしゃぐ女の声が耳障りなのは元々ゲイに限りなく近いバイの性癖故だろうか、などと見ていた時だ。

片桐にしがみつきながら身体を捻りテレビを見ていた一が、無いに等しく短い左腕を突然激しく振った。

「いちもー。いちも」

「あ?なんだって?暴れるな」

「あれー。いちも」

腕を振り、頭を振る。

そして身体を揺らされると支えるのもやっとだ。

意味も通じない言葉を張り上げるばかりの一はテレビを示しているようだが、目の前で身体を揺らす一が邪魔で本格的にそこに何が映っているのか見えない。

「いちもー。いちも」

「わかったから。落ち着け───あ?」

それまでただ腰を支えていただけの腕で一を抱きしめる。

そうして抑えると、最新式の大きな液晶テレビは鮮やかに番組を映し出していた。

画面の中には若いアイドルが二人。

スタジオの大型液晶に映し出されたその機会を、楽しげに紹介していた。

『───さっき私たちも撮って来たんです』

『これは、すっごく目が大きく写るんですよ』

『こんな感じになりましたぁ』

大型液晶に映し出された、彼女らの写真。

だがそれは単なるスナップ写真でもグラビア写真とも明らかに違った。

縦型の写真に、キラキラとした宝石のようなイラストが縁取り、そしていかにも手書きだという文字で名前が書き込まれている。

小さなハートやウサギのイラストが法則性なくバラバラと描かれたそれが何であるのか、先ほどまで映し出されていた中型の機械が何であるのか、その程度いくら片桐でも知っていた。

「いちもー。いちも、まさと。まさと」

『ミサちゃんは彼氏が出来たら一緒に───プリクラ撮りたい?』

『撮りたいです。なんか、持ち歩く物に貼ったりしたいな』

『今もあるんじゃない?』

『ないですよぉ。・・・あっても言えません』

『そりゃそうだ』

「・・・・は?」

テレビの中で中年のお笑いタレントと若手のアイドルが笑いあう。

その声が、どこか遠くに聞こえた。

「いちも、まさと、アレ」

「・・・え?」

でかい図体全身で甘えてくる一が可愛い。

到底サイズは違えど、片桐にとって一は子猫か子うさぎか、そんな生き物だ。

食事の際に一つしかない腕を離さないと言われても、仕事や競馬の予想を邪魔されても、口では何を言ったところで受け入れてしまう片桐がいる。

だが、それでも即答で首を振れない物も存在するのだと今知った。

『彼氏とのプリクラ、憧れます』

「まさぁ。いちも、いちも」

「あ・・・・あぁ」

プリクラなる物の存在は知っている。

だが極道として、漢の社会で生きてきた片桐には無縁なものだ。

あれは若い女性の遊具だと気にしたこともない為に詳しくは知らないが、きっとそれが置かれている場所には若い女性が溢れているのだろう。

そのような場所に一を連れて平然と入っていけるだけの心気は、残念ながら持ち合わせていないかもしれない。

「いち、風呂入るか。風呂」

「まさぁ」

「よし、風呂入るぞ」

「まさぁ、いちー」

腕を絡み付ける一の身体を突き放す。

明確な返答が出来ないのは、自分の為そして一の為だ。

テレビの中ではまだ同じ話題が続き、膝の上では一が不満げに瞳を尖らしている。

そのどちらからも視線どころか顔を逸らした片桐は、強引な手つきで一を膝から降ろし立ち上がると、番組が終わるのを待たずに風呂場へと向かったのだった。


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