ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(倉田と環のプリクラ事情)



それはある日の夜だった。

時間さえ合えば度々訪れている小料理屋・花ぐるまで夕食をとった倉田は、環と共に自宅へと戻っていた。

異変を感じたのは、もはや環にとっても勝手知ったるとばかりのメインルームでテレビ前のセンターテーブルについた時からだ。

否、正確に言うなら花ぐるまで食事をしていた時もどこか普段よりも一層暗いとは感じていたのだが、気のせいかもしれないと考えていた。

だがそれは決して勘違いではなかったと、向かい合い正座をする環を見下ろし倉田の頬が引きつる。

「めぐちゃん、話って、何?」

「昨晩、テレビでやっていた」

「テレビ?」

揃えた膝の上で拳を握る環の面もちはどこまでも真剣だ。

それだけに良い予感が全くしないのは、これまでの経験故だろうか。

フローリングの床の上であぐらを掻き環を眺め返したが、外れて欲しいと思う予感程的中してしまうのかもしれない。

「カップルとは、プリクラなるものを撮らなければならないようだ」

「・・・は?」

一瞬、言葉の理解が追いつかなかったのは、聞き慣れない単語であったからだ。

そして、それが環の口から出てくるとは想定外であったからだ。

物としては知っているし、意図的に考えればその外観もイメージの中にある。

しかし、男色の性癖と男ばかりの職場と男臭い管轄区で生きる倉田には、なんとも縁遠い物と言って間違いはない。

「・・・それ、どこ情報?」

「昨晩、二十一時より放送していたテレビ番組の、二十五分頃に流れていたコーナーで言っていた」

「分かんねぇし・・・」

ただ分かるのは、その内容を環が鵜呑みにしたという事だ。

どこから突っ込んで───否、話をつけて良いのかも判断は付かず眉間に皺を寄せる。

だが放っておけば環は倉田の思わぬ方向へ思考を進めてしまうだろうと予測出来、無視をする気にはなれなかった。

「えっと・・・うん。めぐちゃん、『撮らなくてはならない』って事はねぇと思うけど?」

「そんな筈はない。『ならない』と番組で女性が言っていた」

「いや・・・だからさ」

倉田自身、その番組を見ていないのではっきりとした事は言えないが、しかし言葉にはニュアンスという物があるし、前後の言葉でも意味合いは変化する。

環は番組の内容を鵜呑みにしたのだろうが、生憎倉田は環の言い分を鵜呑みになど出来ない。

「えっと・・・じゃぁさ、めぐちゃんはしたい訳?その・・・俺とプリクラ」

男二人で個室の写真撮影機に入る。

未経験ながらに、それはあまりに勇気を問われそうだ。

何処の誰にゲイだとばれてしまうのは、その時は仕方がないと開き直れる。

だがそれとは別件として、女、それも若い女達が群がるだろう場所に男二人で入って行くのは、自分自身の用でもない限り躊躇われた。

それでも環が望むなら、この手に入れたばかりの初心な恋人の望みを受け入れたやもしれない。

しかし恐々としながら眺める倉田に、真っ直ぐな眼差しを返す環はゆっくりと首を振った。

「撮りたい、撮りたくない、という問題ではない。ただしなくてはと・・・」

「いやいやいや、そこ十分問題だからさ」

やはりそんな事だろうと思っていた。

「選ぶ」という行為が苦手で、毎日同じメニューの食事でも苦にならない環だ。

突然日常と異なる事を望むなど、あまり考え難い。

「それな、別に絶対しなきゃ駄目ってもんじゃない。てか、してないカップルなんかいくらでも居る」

「そうなのか?だがテレビでは・・・」

「テレビでは大げさに言うもん」

「・・・そう、か」

己の意志よりも情報を優先してしまい流されやすい面もあるが、逆を言えば倉田にも環を動かす事が出来るのだ。

テレビの情報をあっさりと信じたように、倉田の言葉もあっさりと信じたのだろう。

二つ頷き、環は倉田を眺めた。

「わかった」

「そうか、良かった。まぁ、俺としてはめぐちゃんがしたいんだったら良いんだけどさ。まぁ、また何かあったら───」

選べない環だから戯れ言を言ったところで非日常を選択しないと思っていたから、調子に乗ったのだ。

ローテーブルに置いていた煙草に手を伸ばす。

指先がそこに触れた時、環は抑揚なく呟いた。

「僕が、望めば良いのか?」

「・・・あ?」

「僕がしたいと言えば、してくれるのか?」

「まぁ・・・や、でも、めぐちゃん?まさか、したいの?」

「分からない。ただ、興味はひかれた。今までに見た事のなかったもので、ただ写真を撮るだけだというのに女性たちは楽しげにしていた。その理由を知りたいとは思った」

環が望むなら、そう考えたのは嘘ではない。

だが、望まないものだと思い込んでもいた。

「倉田は経験があるか?」

「いや・・・ねぇけど」

「ならば機械を使えない可能性もあるな。そうか、女性と行けば良いのか。なら事務の・・・」

「は?俺とじゃねぇの?」

「倉田は未経験なのだろう。未経験二人が行って手間取れば迷惑だ。倉田とは次で良い。その点、女性は多くが経験者だと言っていたし・・・」

「だめ、だめだって」

環にとっては、興味がひかれた物は研究対象なのかもしれないし、それは人体に限った事でもないようだ。

「何故だ?」

「そ、そんな、そんな事いきなりめぐちゃんが言ったら、その人びっくりすると思うぞ?」

「そうか?だが誠心誠意説明をすれば・・・」

「や、そういう問題じゃなくてさ」

環がプリクラになど興味を持った事も、事務の女性を誘った事も、常ならば考えられない。

しかし、それは単なる言い訳だ。

「俺だってまだめぐちゃんとツーショット撮った事ないのに」

「なんだ?」

「分かった。調べてくるから俺と行こう」

「調べる?」

「あぁ、手間取らなかったら良いんだろ?な?」

他の人と行かせるものか。

いくら「次に」という約束があったとしても、何事も「初めて」は一度きりしかないのだ。

その為ならば犠牲は厭わない。

たとえ相棒・相内が嫌がろうとも、引きずってでも「研究」をしにいく覚悟だ。

もはや煙草などどうでも良いと身を乗り出し真摯な眼差しを向けると、環はじっと眺め返した後に頷いた。

「わかった。それでいい」

「そうか。良かった。そりゃ良かった」

せっかく回避が出来たというのに、プリクラを撮ると招いたのは自らだ。

つまらない独占欲にため息が漏れた倉田は、けれど表情が薄いながらに満足げにしてみせる環に諦めと納得を得たのだった。


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