ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(四周年記念企画・おまけ/最終話)



店仕舞いをした村崎は朝を待ち、そして黒塗りの車が数台発射するのも待ち、そのマンションへと入って行った。

オートロックキーを守衛に話をつけ解除させてしまえば、廊下を守るチンピラ連中など村崎にとっては取るに足らない存在だ。

悠々と目的の部屋の前まで到着し、村崎は男にしては白く細い指でインターフォンを押した。

「──・・・はい?」

程なくして中から声が聞こえ、扉が開錠される。

作り物のように整った笑みをわざとらしく浮かべ、村崎は現れた人物に指先をチラチラと振った。

「こんにちはぁ。入らしてくれる?」

「むっ、村崎補佐っ・・・や、あの、頭は事務所出ましたけど・・・」

「そんなん分かってるわ。僕はあんたらに会いに来たんよ」

ニコリと微笑む村崎に、玄関扉を手で支えた男・長谷川は呆けた顔をした。

村崎の目的は長谷川と、そして実だ。

長谷川の支える扉に手を掛け、村崎はそれを更に押し開けた。

「ほな、邪魔させてもらうで」

「や、あの頭には・・・」

「言うてないよ。なんや、あかん言うんか?僕、誰か分かってんの?」

「い、いえ・・・すみませんでした」

「分かったらえぇんよ」

たかだか霧島組の、それも三下のチンピラが香坂組の若頭補佐である村崎に意見など出来る訳もない。

長谷川を押し退けん勢いで玄関をあがると、勘を頼りに奥へと進み、磨り硝子のはめ込まれた仕切り扉を引き開ける。

するとそこは、予測通りにリビングルームであった。

「こんにちはぁ」

「・・・あ、かおるちゃんだ」

「遊びに来たんよぉ」

部屋にはいると、ソファーに座っていた実が振り返る。

歩みを止めず進んだ村崎は、迷う事なくその隣へと腰を下ろした。

「かおるちゃんね。かおるちゃん」

「そやで。来てん」

「どして?どしてきたの?」

「そりゃな、実くんはバーなんや来てくれそうにないからやで」

「ば?」

「せや、バーや」

「・・・村崎補佐」

魅惑の明かりを放つバーを持ってしても実は呼び寄せられそうにはなく、ならば自ら出向くしかないと結論づけ現在に至っている。

ソファーに座り膝をつき合わせ実の手を取ると、村崎はその顔をのぞき込んだ。

「なんやな、悩みないか?」

「・・・なやみ?」

「そや。相談事、ない?」

「そおだん?ん・・・そおだん」

村崎に手を取られ、実は嬉しげに髪を揺らす。

だが首を左右に振れどそれ以上の反応は見せず、そうしていると背後からぼそぼそとした長谷川の声が聞こえた。

「・・・あの、実さんに曖昧な質問しても答えに時間かかるかと・・・」

「曖昧てなんやの。分かり易いやない」

「いえ、あの・・・すみません。・・・実さん、頭と何か、嫌な事ありませんでしたか?」

村崎の背後に立ったまま、長谷川が実に告げる。

無意識のうちに長谷川を振り返ると、それはどこからどうみても単なるチンピラだ。

「ゆた?みのね、ゆたね、いやないよ」

「そうですか。じゃぁ、スクールで嫌な事ありますか?」

「ないよ。みのね、すくーるね、たのしいね」

「そうですか。じゃぁ・・・朝起きて、夜寝るまでで嫌な事ありますか?」

「あさおきてね、ごはんたべてね。えっとね・・・・あ。あるよ。いや、あるよ」

「なんですか?」

「あさね、さむいね。でね、おひざね、いたくてね、いたいのいやね」

「村崎補佐、だそうです」

「はぁ?」

一連を終え長谷川が神妙に告げ、実は実で脳天気な笑みを浮かべるばかりだ。

暫し二人を見比べていた村崎は、ハッとするなり立ち上がった。

「そんなんちゃうやん。もっとこう、色恋沙汰のベタこいやつが良かったのに!」

「ベタ・・・ですが補佐、実さんは頭に不満がなさそうで・・・」

「あるやろ?ちゃう人間が一緒に住んでんねんから、なんかあるやろ」

「・・・へ?みのねぇ、ゆただぁいすき。あのね、じゅんくんもだぁいすき」

「好きでもなんでも、悩みくらいあるやろ!ももえぇ、僕帰る」

実をバーに呼べそうな気がしなかった理由が分かった気がする。

実には話が通じないからであり、たぶん、必要もなさそうだからだ。

勢いのまま立ち上がった村崎は、尚も笑うばかりの実と長谷川に背を向け玄関に急いだ。

「お帰りですか?すんません、お構いも出来ませんで・・・」

「かおるちゃん、かえるの?」

「もう、用あらへんから」

人の悩みとは千差万別だが、どれもこれもやはり思う通りの面白い物はなかった。

それだけに皆満たされているのだろうか。

それはそれで、やはり面白くない。

「帰ろ。帰って・・・狗んとこでも行こう。なんやおもろないわぁ・・・」

苛立ちをぶつける様力任せに扉を開くと、その背後を長谷川が追いかけて来たと気が付いて投げつけるように扉を閉めた。

村崎郁の一日が終わり、そして新たな一日が始まる。

マンションの外へ一人出た村崎は、どうにも太陽の光が似合わなかったのだった。





+目次+