ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(突然の訪問者・後編)



牧田だけではない。

遠藤の育ての親である石森も中里の親で前霧島組組長である泰平も、どうにも勘違いをしているようだ。

実は、養子に入ったが遠藤の嫁的立ち位置だ。

だからこそ、こうして霧島組の面々と会っているだけだ。

「牧田、てめぇ人のもんに堂々と手ぇ出してんじゃねぇぞ」

低く声を潜めて凄む遠藤は、背中に背負った極彩色からそう呼ばれているように正に牙を剥いた虎の如くだ。

しかし旧知からの友でもある牧田は、素知らぬ素振りであった。

「別に良いだろ。絶対実が喜ぶ店なんだよ。お前だったら見つけれないね」

「ンだと」

「だってお前、パンケーキ知ってるか?パンケーキ。知らねぇだろ。ホットケーキじゃねぇーんだぞ。パンケーキだ」

凄む遠藤に恐れるどころか、いっそ牧田は自慢げな顔をした。

いかにもヤクザにしか見えない牧田は、けれど甘党だ。

コーヒーには砂糖を三本とコーヒークリームも三つ入れるし、事務所に顔を出せば愛らしい焼き菓子だか生菓子だかを出される。

新しい物も好きで、流行には乗りたがり、全く似合わない若者向けの雑誌をめくっては喜んでいる場面を目にするのも頻繁だ。

その牧田の言葉は、遠藤には分からない事がよくあり、今にしてもそうだ。

「パン、ケーキ、だと?」

「ほらみろ、知らねぇだろ。だからそれ食いに行くんだよ。お前は食えねぇかもなぁ。どうする?行くか?」

「・・・行くに決まってんだろ。誰がてめぇと実を二人にするか」

遠藤の横を通り過ぎ土間へ入る牧田は、勝手知ったるとばかりに部屋へあがろうとする。

もはや止める気もなくなったが、しかし実と牧田を行かせるかは別問題だ。

靴を脱いでいる牧田の肩を掴もうとすると、彼はあっさりその手をすり抜け玄関へと上がった。

「だいたいなぁ、まだ行かせるとは言ってねぇんだよ」

「お前が行かせるとか行かせねぇとかじゃないんじゃねか?実が行きたいつったら、それも止めんのか?絶対実は喜ぶだろうに、酷いねぇ」

「・・・てめぇ」

鬼だとか獣だとか、冷酷で冷淡だと散々に言われてきた遠藤の、唯一の弱みが何かを牧田はよく知っている。

否、正確にいえば弱みは二つだ。

実の存在その物と、実に嫌われる事。

殴られても刺されても意志を曲げないだろう遠藤も、この二つだけには抗えない物がある。

「じゃぁ実に聞いて来るわ。実が嫌だって言ったら帰るからよ」

開けっ放しの仕切扉から牧田が部屋へと入ってゆくのを、遠藤はただ眺めた。

実の返答は、聞かずとも分かる。

牧田を追いかける気にも成れず、廊下の壁に背を預け瞼を閉じた。

まるで判決をまつ気分だ。

隣の部屋から聞こえるボソボソとした話し声は言葉は判別出来ないが、どことなく楽しげな響きである事は分かる。

そして声が聞こえなくなったかと思うと、パタンペタンと不規則な音を立て、実が精一杯の早足で玄関の遠藤の元までやってきた。

「・・・実」

「ゆた、ゆた、ぱんけーき。みのね、たべたいね」

満面の笑みの実が、両腕を広げ遠藤の胸に飛び込む。

その笑顔はとても可愛くて、期待に満ちていた。

その実に否定的な言葉など遠藤が告げられる筈もない。

「・・・・そうか。良かったな。行くか」

「ゆたもいっしょ?」

「あぁ。俺も食ってみたいからな」

「ゆたもいっしょ、みのうれしいね」

パンケーキになど興味はない。

どんな物なのかはよく分からないが、ケーキと名のつく物なのだから甘いのだろう。

牧田も言うように、多分遠藤は好きではない。

けれど、今でもこんなにも可愛い笑顔を浮かべているのだから、それを食べた時の実はより可愛い筈だ。

それを牧田だけに独占させるなどとても耐えられない。

「しゃぁねぇな」

独り言と共に諦めを受け入れる。

サラサラと黒髪を揺らす実に、どうしようもなく遠藤の頬が緩んだ。

だが、ハッとして顔をあげた時には遅かった。

途端に眉間に皺が寄る。

しかし確実に、冷淡や虎の通りなに至極不釣り合いな緩み切った顔を遠藤が浮かべていたと、仕切扉からニタニタと顔を覗かせた牧田に見られたのだった。

【おわり】


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