ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(クリスマスに零れ落ち)



思春期の頃から勉強漬けの毎日で、デートの記憶も数える程しかない青春だった。

大学生になってもそれは変わらずで、一応彼女と呼んだ女性が居た時期もあったが、もはや顔も名前もはっきり覚えていない。

そのうえ年末前後というのは何かと試験に追われている事も多く、特別な甘い思い出は一つも持っていなかった。

念願叶い医者となり、恋人まで出来たけれど所詮は男同士で、やはり特別な何かなど存在しないものだと思い込んでいた。

それで良いと思っていたし、湯沢自身思い入れや憧れがあった訳ではない。

だというのに。

目の前に広がる光景を眺め、湯沢は息を呑むしか出来なかった。

「・・・わぁ」

「すげぇだろ。気に入ったか?」

「凄い、ですね」

大きな窓に広がる漆黒の闇の中に輝く無数の光。

大都会だからこそ成し得る美しい夜景は、特別夜景が好きでなくとも無視を出来ない見事さだ。

窓ガラスに手を突く湯沢の肩をそっと抱き寄せ、その耳元で中里が笑った。

「今日くらいは、院長に手ぇ回したのも許せよ」

「・・・今日だけじゃないじゃないですか」

「だから、『今日は怒るなよ』って意味だ」

「・・・怒りませんよ。だって、こんな部屋準備されたんじゃ」

唇の中でぼそぼそと反論した湯沢は、片手を離すと中里の更に向こう側を振り返った。

隣県まで見渡さん勢いの高さにあるこの部屋は、ベージュとゴールドを基調にした非日常的な空間だ。

今居る一番広いメインルームの他に、テーブルセットの置かれた部屋が三つと寝室が二つ。

至る所にソファーやテーブルが置かれ、花や絵画、それにシャンデリアが部屋中を飾っている。

たった二人で利用するには何もかもが有り余っており、それこそがこの部屋の格式を見せつけていた。

今この客室には湯沢と中里の二人きりだ。

メインルームだけでも、VIPの個室の病室が三つは余裕で入りそうな程広いというのに、どの部屋にも中里の取り巻き一人残っておらず妙な静けさがある。

「まさか、こんな部屋取るとは思いませんでしたけど」

「嬉しいだろ」

「嬉しいより先に驚きばっかりですよ。今だって、なんていうか・・・」

夕方が夜へと移り変わる頃勤務を終えた湯沢は、送迎車の中で待ち構えていた中里に此処へと運ばれた。

行き先は告げられず、ただ彼が上機嫌であるとしか分からないままに数分間のドライブを経て到着したのは、都内でも一流と名高いシティーホテルだ。

駐車場から乗り込んだエレベーターで見たホテルのエンブレムが、やけに記憶に残っている。

クリスマスイブは休みにしておけと随分と前から言われていた。

けれど新米も新米の外科医には到底無理な事だと高をくくっていたのだが、中里は櫻木統合病院の最高権力者である外科部長にして院長へ直接手を回していたようだ。

院長と中里の間にどのような取引があったのかは知れない。

あまり知りたくはないし、出来るならば黒い取引でない事だけを切に願っている。

普段ならば中里が櫻木に極個人的な要件で仕事に関する根回しをされたくないと声高になっている湯沢だが、今日ばかりは静かなものだ。

煌々とルームライトがいくつも灯る部屋から色取り取りのネオン輝く夜の街並みへ視線を戻す。

その真正面には、東京タワーが堂々と立っていた。

「別に、こんな高そうな部屋用意してくれなくても良かったのに。どうせこの後、高そうなレストランにも行くんでしょ」

「なんだ、文句あんのか?」

「文句とは言いませんけど・・・たかだかクリスマスのプレゼントにしては豪華すぎますよ」

ならばいつのプレゼントならば見合うのかと聞かれても答えられないが、嬉しいか嬉しくないかという事ではなく、あまりに格差のある彼の金銭感覚に眩暈がするだけだ。

ただ無邪気になどなれなくてわざとらしく唇を尖らせる。

そうしていると、後ろから抱かれていた肩を突き放されたと同時に、湯沢は中里と向かい合うように体を反転させられた。

「ちょ、何・・・」

「何言ってんだ。こんな形に残らねぇもんプレゼントにするわけねぇだろ。手、出せ手」

「手・・・あ」

中里に手首のやや下を掴まれる。

そこにばかり気を取られていると、彼がポケットから取り出した剥き出しのそれを、湯沢の指先から手首へと通して落とした。

「これ、つけてろ。分かったな、外すなよ」

腕を握る彼の手により手首がむき出しとなっている。

そこに今は、白い輝きが室内灯を反射させた。

「・・・数珠、ですか」

「色気ねぇなぁ。ブレスレットって言えよ」

「どっちでも一緒じゃないですか」

手首で光を受けているそれは透明で、綺麗な球体をしていた。

そしてその周りには、一回り小さな同じく球体の黒い球が手首を一周している。

近年では老若男女問わず頻繁に見かける数珠状のブレスレッドだ。

装飾品というものにまるで無頓着でアクセサリーなど何も持っていないが、それでもこの球はプラスティックやガラスではなく石なのだろうとどことなく分かった。

「どうだ」

「どう、と言われても」

「どうせ宝石やっても喜ばねぇだろうし、付けねぇだろ」

「・・・俺は女性じゃありませんから」

「でな、だったらと思ってこっちにしたんだよ。見ろ、真ん中の水晶」

掴まれていた腕を更に持ち上げられ、手首を丁度目線の高さに上げられる。

見ろと促されたのでじっくりとその真ん中の、水晶だという一つだけ透明な球を眺めた。

曇りのない澄んだ透明感。

けれどそれを遮るように、球全体に傷がつけられていた。

「・・・傷ですか?」

「馬鹿、よく見ろ。ほら、分かるだろ」

「・・・あ」

水晶に刻まれていたのは、ガラス彫刻で描かれたような龍だった。

吸い込まれそうな透明の水晶に、雄々しい龍が力強い。

一度その姿を認識すると、大きく口を開ける龍に魅せられてゆく。

「龍、ですか」

「そうだ。厳ついだろ」

龍は、中里の象徴だ。

通り名だか何だかは知らないが、その背に描かれた文様は確かに彼に見合っている。

ならばこの水晶に刻まれた龍の意味は何なにか。

問いたい気持ちが強くなる一方で、どうにも口が開かなかった。

「すっげぇ透明だろ。一番上質のやつ探させて掘らせたんだよ。でな、こっちのはブルータイガーアイって言って、良く見たら模様入ってんだろ?これもこれだけの数、良いやつ探させるのに時間かかってな」

「確かに・・・綺麗、ですけど」

「こういうもんは願掛けだからな。良いもん持たねぇとなぁ。これだったら付けられるだろ」

「で・・・出来ませんよ。女性じゃあるまいし。アクセサリーなんて」

「あ?男でもおっさんでも今時付けてるだろ。なんの為になぁ、俺がこれにしたと思ってんだ」

「知りませんよ」

「おまえ、ダイヤじゃねぇからって馬鹿にしてんだろ。これだってなぁ・・・」

「馬鹿にしてませんし、比べてもないです」

この手の物が男性でも使用出来る事くらい湯沢も知っている。

内科医の田辺はいつも二本か三本も手首に巻きつけているし、循環器科の森田は石に詳しいとウンチクを語っており、湯沢より若い出入りの営業マンはデザイン性に飛んだ物を付け、いずれも男だ。

その為、「男だから」というのは言い訳である。

仕事中であっても、手術時以外ならば使用していて差し障りはない。

手首に光るそれを眺める。

一回り大きな水晶でも親指の爪より小さな球のブレスレッドは、シャツの下で邪魔にもならなそうだ。

「付けろよ」

「・・・」

「付けろよ、分かったな」

「しっ・・・仕方、ないですね。どうせ外したって、寝ているうちに付けられるんでしょうし」

手首を掴まれたまま顔を背ける。

唇を尖らせ憎まれ口を利きながら、けれどパラリと揺れた髪が露わにした耳は、熱くもないのに赤く色づいていた。

「そろそろ手、放してください」

「なんだよ、素直じゃねぇな」

「そんなの、今更じゃないですか」

「今日は特別にだ、って言ってんだ。それもクリスマス仕様か?」

「は?なんですかそれは。俺は別に、クリスマスなんて興味ないですよ。けど学さんが院長に手を回してまで今晩と明日を休みにするから・・・」

中里の手が手首から離れると、湯沢はすぐさまそこから離れた。

唇を開けば、彼の言うところの「素直じゃない」セリフばかりが口をつく。

それを弁明する言葉すらすぐには思い浮かばなくて、ため息を吐き出す事すら出来はしない。

彼を見ているのも胸が落ち着かず、顔を背けたまま背後の応接セットへと足を向けた。

「興味なくてもなぁ、ちょっとはこう・・・」

「そんなの、仕方ないじゃないですか」

あまり口を開きたくないが、けれど中里が声を掛けるので無視も出来ない。

次に中里が口を開く前にと、早足で応接セットのソファーの端に置いたブリーフケースを開いた。

空同然のそこへ手を差し込む。

すぐに指先にあたったそれが、ガサリと音を立てた。

「飯は行くからな。お前だって腹減ってんだろ」

「あの!買い物行く暇なんてありませんし、何が欲しいかなんて知りませんし。っていうか、欲しい物は全部自分で買ってるんだろうし、俺学さんの趣味なんて分かりませんから。急きょ買ったんで、文句言わないでくださいよ」

ブリーフケースから取り出したビニール袋が、煌びやかな客室に不釣り合いにガサガサと鳴る。

それが羞恥心に火をつけたけれど、取り出した物を引っ込めるなど出来ず、自棄になるように中里の胸へ押し付けた。

「おい、亮太」

「ご、ご飯。行きましょう。どうせ一番高いコースとかなんでしょ。丁度肉が食いたい気分で・・・」

中里がビニール袋を受け止めたのを見るなり、湯沢は手を引いた。

彼の顔を見続けてもいられず、さっさと背を向ける。

今は出来るだけ離れてしまいたかった。

しかし数歩も歩かないうちに、真新しい球の飾る湯沢の手首は、中里により掴まれた。

「これ、どういう意味だ?」

「意味?意味なんて・・・」

強引に腕を引かれ、抗えない力に身体が傾ぐ。

それを受け止めたのは中里の胸で、一つ息を呑む間に彼の腕の中に納まっていた。

「二本ずつあるって事は、『一緒に飲んで夜通し頑張りましょう』か?」

「はぁ?違いますよ。なんでそうなるんですか」

耳元で、中里が囁く。

吐息を吹きかけられるとゾクリと背が震え、否定的なその声も震える。

片腕で湯沢をとらえ、もう片方で押し付けたばかりのビニール袋を漁った彼は、中から長方形の箱を取り出し湯沢の目の前に掲げた。

黒字に金色の刻印がされているそれは見るからに豪華で、湯沢自身も未経験の代物だ。

「二本ずつなのは、二本ずつ置いてあったから取っただけで・・・そんな栄養ドリンク、病院の売店で馬鹿売れするもんじゃないですし」

「だろうな。見るからに高そうで、効きそうだな」

「・・・知りません。それに、そんなつまらない事を頑張れって事じゃないです」

特別な物を買いに行く暇がなかった事も、中里に何を渡して良いのか分からなかったのも本当だ。

そんな時にふと、病院の売店で見かけた肉体疲労用栄養ドリンクの、一番上の棚の隅に他の物よりゼロが一つ多いそれを見つけて、どうにも気が惹かれただけだ。

中里の仕事ぶりは知らない。

擦れ違いの生活が多くて、帰宅時間が早いのか遅いのかすら分からない日も多い。

けれど、暇を持て余している訳ではなさそうだとだけは分かっているつもりだ。

「お前とやんのを『つまらない事』だと。いい度胸してんじゃねぇか」

「なぁ?そんな事で一々引っかからないでください。だいたい───」

「前から思ってはいたが、俺とお前じゃ物の価値観が違うんだよ。俺にとっての貴重は、お前との時間とお前から貰ったもんだ。なぁ、亮太?」

「な・・なんですか、そんな急に」

「目も見れねぇで、耳も首筋も真っ赤にして、で、なんだって?」

「あ・・・」

中里の手が、後ろから湯沢の顎を捉える。

有無を言わさず後ろへ振り返させられると、覗き込んだ中里の眼差しから逃れられなかった。

視線が揺らぐ。

それでもそれすらも逃れられなくて、吐息が掛かりそうな距離の中里が、深く唇の端を釣り上げた。

「照れてんじゃねぇよ」

「べ・・・て・・・、てれて、なんて・・・」

「そうか?でも目は、期待してる目、してんぞ」

「なに、言ってんですか。そんな」

「嬉しかったら嬉しいって言え。嫌だったら嫌って言やぁ良いし・・・まぁ、素直になりきれねぇお前も可愛いんだがな」

「か・・・わいく、なんか」

「ほら見ろ。可愛いじゃねぇか」

顎を掴んでいる中里の指が、湯沢の唇を撫でる。

彼の男らしく太い指に乾いた唇を撫でられ、ドクリと胸が大きく一つ鳴った。

「可愛くなんて、ないですよ。素直にもなれませんし、だって女性じゃありませんから」

ダイヤモンドを欲した事はない。

恋人との甘いクリスマスや、一流ホテルのスイートルームでの一夜も夢みた事すらない。

ただそれでも、恋人と過ごす特別な時間には、憧れていた。

「男だ女だなんか関係ねぇっての。素直に・・・素直じゃなくても良いから甘えてろ」

「素直じゃなくても、ですか」

「あんまり素直過ぎても亮太らしくねぇからな」

「なんですかそれ」

「とりあえずあれだ。今夜は一本ずつは決定だからな。それからそれ、外すなよ」

中里の声が、どんどんと甘くなってゆく。

それはどこから来る物なのか、胸に浮かんだ想像は自意識過剰かもしれない。

彼の声を聴く度に胸が締め付けられ、その感覚は苦しさではなく、甘さだ。

「・・・嫌って、言わせてくれないくせに」

「良い返事だ」

小さな呟きに、中里が満足げに笑った。

身動きを奪う中里の腕は強い。

強引で強情で、そして優しい。

ブレスレットに刻まれた龍がこの腕を表すならば、何かから守ってくれるのだろう。

初めての恋人と過ごすクリスマス。

張り詰めた意地が少しずつほだされていくのは、向かい合ったテーブルでグラスを傾けてからだ。



【おわり】

*************



クリスマスの夜。

半ば強制的な中里により一本数千円の栄養ドリンクを飲まされ、湯沢はベッドに転がされていた。

何故自分が渡したそれを飲まされたのか、抗議の声など中里に届くはずもない。

始めこそ苦情を口にしていたが、それももう数時間も前の事だ。

身体が上手く動かない。

頭もよく回らなくて、ただ自分の意志とは無関係に甘ったるい声ばかりがせり上がる。

だるくて重い足を無理矢理に持ち上げていた中里は、そこを支えとするようにようやく腰を引いた。

「やっぱり、あの薬は効くもんだ」

「く・・・薬じゃ・・・」

「どっちでも一緒だろ。もう一発するか」

「・・・もう、無理です」

「あ?俺がするつったらするんだよ」

「だったら・・・学さん一人でしてください」

「は?なんでクリスマスの夜にオナニーしなきゃなんねぇんだよ。だったらお前、あれもう一本飲め」

「・・・箱、見てください。一日一本までです」

「知るか」

中里の雄々しい雄がまだ張りを持たせたままそこから抜け落ちる。

これで今晩何度目か。

そしてこれから何度続くのか。

もはや考えるのも面倒だ。

「何でこんな事に・・・」

「あぁ、コレがお前からのクリスマスプレゼントだな。最高だ」

「そんなつもりじゃ・・・」

「もう良いだろ。もう一発すんぞ」

「あっ・・・・ン」

窓の外には美しい夜景が広がる。

けれどもうそれを美しいなどと眺める事もなく、初めて二人で過ごすクリスマスは終えて行ったのだった。





**********



クリスマスの夜。

半ば強制的な中里により一本数千円の栄養ドリンクを飲まされ、湯沢はベッドに転がされていた。

何故自分が渡したそれを飲まされたのか、抗議の声など中里に届くはずもない。

始めこそ苦情を口にしていたが、それももう数時間も前の事だ。

身体が上手く動かない。

頭もよく回らなくて、ただ自分の意志とは無関係に甘ったるい声ばかりがせり上がる。

だるくて重い足を無理矢理に持ち上げていた中里は、そこを支えとするようにようやく腰を引いた。

「やっぱり、あの薬は効くもんだ」

「く・・・薬じゃ・・・」

「どっちでも一緒だろ。もう一発するか」

「・・・もう、無理です」

「あ?俺がするつったらするんだよ」

「だったら・・・学さん一人でしてください」

「は?なんでクリスマスの夜にオナニーしなきゃなんねぇんだよ。だったらお前、あれもう一本飲め」

「・・・箱、見てください。一日一本までです」

「知るか」

中里の雄々しい雄がまだ張りを持たせたままそこから抜け落ちる。

これで今晩何度目か。

そしてこれから何度続くのか。

もはや考えるのも面倒だ。

「何でこんな事に・・・」

「あぁ、コレがお前からのクリスマスプレゼントだな。最高だ」

「そんなつもりじゃ・・・」

「もう良いだろ。もう一発すんぞ」

「あっ・・・・ン」

窓の外には美しい夜景が広がる。

けれどもうそれを美しいなどと眺める事もなく、初めて二人で過ごすクリスマスは終えて行ったのだった。





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