ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・2)



便利な世の中で、携帯端末機一つで大抵の事なら一晩あれば調べられる。

翌日、長谷川は朝から忙しかった。

いつも通りに遠藤宅に行き、いつも通りに実と一緒にスクールへと向かう。

だがいつものようにスクールが終わるのをブラブラと待つのではなく、クッキー作りの材料を揃えに走り回っていた。

駅ビルの中には様々な店が入っている。

スーパーや100円ショップもあり、目的の店をいくつか周り必要な物を探した。

ただクッキーを作るだけなら求める物は半分で良いし、作り方を一晩中検索する必要もなかったのが、実が「ぴかちゅのくっき」などと言うから頭を悩ませなければならなくなったのだ。

昨晩何度も確認をしたホームページをスマートフォンで確認しながら材料を選んでゆく。

そこに映し出されている完成写真は長谷川が見ても見事で、よもやそれを実るが作れるとは思えない。

だが大切なのは出来上がりではなく工程。

実が満足をすればそれで良い。

そうして、いつもはただ持て余しているだけの時間を慌ただしく過ごし、喫茶店には寄らず昼食だけを摂り、長谷川は実と共に帰宅をした。

「ただいま」

「はい、ただいまですね」

「じゅんくん、しよ。くっき、しよ」

玄関へあがるなり実は長谷川の腕を引き、見下ろしたその面もちは期待に満ちた笑みを浮かべていた。

朝から口を開けばこの話ばかりで、それだけ楽しみにしていたのだろう。

だからこそ長谷川としても材料の揃え甲斐があったという物だが、しかしつられて笑みを浮かべるには至らず、むしろ頬が引きつる。

「え、えっと。実さん、昼寝は?」

「きょうね、ねむくない」

「そうなんですか。・・・でも途中で眠くなったら困るんで寝ませんか?」

「みのね、ねむくならないよ」

「・・・そう、かもしれませんけど」

実の腕に引かれメインルームへ向かい、苦笑いを浮かべる。

大抵の日実は、スクールから帰宅後寝てしまう。

きちんとベッドで寝る日もあればソファーでそのまま寝てしまう日もあるが、今日もそうなるだろうと思い込んでいたので、長谷川はその隙に下拵えをすませる気でいた。

けれど実が寝ないというなら、話は諸々変わってしまう。

「じゅんくん、しよ」

「えーっと、ですね」

「なぁに?みのね、くっき」

期待に満ちた実の眼差しがいっそ苦しい。

けれど逃れる術はなく、長谷川は意を決し実を眺め返した。

「えっと、クッキー作るのに、まず下拵えがいるんですよ」

「した、ごしらえ」

「それでですね。それはもう、大変で。少しのミスも失敗に繋がる重要な物なんですよ」

「じゅう、よう」

「もし間違えたら、大爆発するんですよ」

「わぁ、たいへんね」

「でしょ。ですからね、それは俺に任せてもらえませんか?」

言いたかったのは、最後の一言だけだ。

実に材料の調合は任せられない。

その前の分量を計る作業など、それ以上に任せられない。

どこをどうと一つずつ伝えるのも面倒なほど、どれもこれも出来ないとしか思えなかった。

何も悪意を持って言っているのではなく、ただ過去に見た実の実力を考えた上だ。

「じゅんくん?みのは」

「実さんは、危ない作業が終わった後に形作るのしてください」

「かたち?うん、わかった。みのね、それする」

「お願いしますね。じゃぁそれまであっちで・・・」

「みのね、みてる」

「え?」

「みのね、じゅんくんのきけん、みてる」

高層マンションの、ワンフロアの殆どを一つとしたこの家は広い。

それに伴いキッチンもとても広いのだが、それでも直ぐ後ろに人が、それも実が居ると思えば安心は出来ない。

しかし、もう言葉は見つからなかった。

実際のクッキー生地の制作は何も危険はなく、失敗したからといって爆発など決してしない。

ストレートな言葉を告げれない長谷川に実はニコニコとするばかりで、その顔にほだされてしまった長谷川の負けだ。

「わ・・・わかりました。でも、危ないんで、離れて見ててくださいね」

「はぁい」

「じゃぁ部屋着に着替えて、手洗いましょうか」

「はぁい」

嬉しげなまま実は、物置と化している私室へと実なりの早足で歩いていった。

その背中を見送り、分かっていた筈の不安が膨れていく錯覚に陥る。

生地の制作は材料を捏ねた後に寝かさなくてはならないが、うっかり伝え忘れてしまった。

「・・・ま、いっか」

その間長谷川は長谷川で行わなくてはならない事もある。

ポケットから取り出したスマートフォンをニ度三度タッチし、もう何度目ともつかないホームページを確認した。

実の初めてのクッキー作りは、まだ始まらない。



  

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