クライン×直哉・お礼用SS
(正月2013)



C&G社は外資系で、休暇もカレンダーとアメリカ基準に合わせる場面が多いが、しかし正月ばかりは三が日までしっかりと休みだ。

日本支社長に着任して初めての正月を日本式に過ごしたいと、北原がクラインに伝えられたのは十二月に入って直ぐの事だった。

「え、えっと・・・雑煮、です」

洒落たインテリアで飾られたフローリングのリビングルームの、椅子が二つしかないというのに大きいダイニングテーブル。

クリスタルのシャンデリアの照明の下で、北原は朱塗りの碗をそれぞれの前に置いた。

中には透明な汁と白い餅。

赤や緑の野菜が彩りに添えられ、碗の前には祝い箸。

テーブルの中央には、写真でしかお目に掛かった事のなかった、真っ赤な伊勢エビが横たわる豪華な重箱が横に三つ並んでいる。

「これは直哉が作ったのか?」

「あ、はい。雑煮くらいは・・・と」

都内で一人暮らしをしている北原は毎年、正月と言えば電車で一時間とかからない実家へ帰っていた。

特別正月に拘りはないが、普段何も出来ていない両親へのせめてもの親孝行だと、雑煮とお節料理を食べる為だけに帰省している。

その為、北原自身がそれらを作った事など今まで一度もなかった。

しかし初めての恋人が求める気持ちに応えたいと、正直な理由を話せないまま正月の帰省が出来ない旨と雑煮の作り方を母親に聞いていた。

インターネットでレシピを調べるという案もあったが、そうするには雑煮という料理は全国各地に様々な種類がありすぎた。

日常的に作らないすまし汁なので、今日に至るまでに何度も練習をした。

何がどうであるか途中から分からなくなったが、他を知らないクラインに出すには一応は納得の出来る仕上がりとなっている筈だ。

「お口に合いますか、分かりませんが」

「ナオヤが作った、日本の料理だ。とても嬉しい」

「いえ・・・そんな」

「これも素晴らしい。こんなにも美しい品々が料理だとは」

「喜んで頂けて、良かったです」

雑煮くらいはと手製にしたものの、さすがにお節料理を自作するにはハードルが高すぎた。

しかし昨今はそれも料亭やデパートの物が多く出回っている。

それをクラインに相談した所、彼が既成の品で良いので用意をしてほしいとの事だったので、北原が選び注文をして欲していた。

クラインは生まれながらのセレブリティーだ。

良い物ばかりを口にして来たのだろうからと、予算は問わないと言う彼の言葉に甘え某所への献上品にも用いられるそれを注文した。

その為、そこにある品々は北原が慣れ親しんだお節料理とも差違がある。

「あ、あけまして、おめでとうございます」

「あぁ、そうだ。あけましておめでとうございます」

クリスマス休暇の後ずっとクラインの家で過ごしている。

カウントダウンも当然のように共にし、そこでも交わした年始の挨拶だが、やはり一年で一番初めの食事にも口にしなくてはならないというのは北原家のルールだ。

両手を合わせ、丸い祝箸を手にする。

だが北原がこの日の為に用意した朱塗りの碗を持ち上げるより先に、クラインが鮮やかな模様の描かれた封筒を北原の前へ滑らせた。

「ナオヤ、オトシダマだ」

「え?え、どうして・・・」

「正月には、これを贈る物なのだろう」

「いえ、それは、大人が子供に渡す物で・・・」

一般的に見慣れた手のひらサイズの年玉袋ではなく長4サイズの和風の花や鳥が描かれ金色が美しい封筒と、クラインを交互に眺める。

手に取る事も箸を置く事も出来ない。

そうしていると、クラインは小さく眉を上げた。

「そうなのか。正月をナオヤと過ごすと言ったら、ハルミがナオヤにも年玉を渡せと言ったんだ」

「それは・・・えっと・・・」

微かに首を傾げるクラインに、その人物のどこか不機嫌そうな面持ちが脳裏に浮かんで消えた。

三城の事だ。

冗談だったというよりも、きっと嫌味だったのだろう。

しれっとそれを口にする彼が簡単に想像出来た。

事の出所が分かると息が吐け、まだ汚れていない箸をテーブルへ戻すと北原はその封筒をクラインへと押し返した。

「あの、部長は多分・・・冗談だったと思うので、これは。僕も用意をしていませんし」

「そうなのか。しかし、そういった習慣があるのは本当なんだろう?」

「本当と言いますか、親が子供にというのは、はい確かに・・・」

「ならばこれは受け取ってほしい」

「え、でも」

「用意をしたんだ。この封筒も、どのような物がナオヤには良いだろうと選んだ。日本人は正月を大切にするが、クリスマスのようにプレゼントを交換する訳ではないのだろ?」

「そうですけど・・・でも、僕は何も・・・」

「あるじゃないか。ナオヤが、こんなにも素敵な料理を用意してくれた。それは何にも勝る贈り物だ」

「そんな・・・ぁ」

封筒を押し返した手に、テーブルの向こうから延びた彼の手が重ねられる。

そうして逆に押し返した彼は、ほっそりとした笑みを浮かべていた。

低く、そして甘い彼の声が、胸の鼓動を高鳴らせてゆく。

それを拒絶など出来なくて、北原は手の力を抜いた。

「分かってくれたかな?」

「は・・・はい。でも、今年だけにしてください」

「今年だけ?と、いう事は、来年もナオヤと過ごせるという事だね。とても嬉しいよ」

「え、それは・・・」

彼の言葉に、自分の言葉の意味を理解してゆく。

深い意味はなかった。

けれど、そうありたいと、来年だけではなくこの先もずっと重ね続けていきたいという気持ちは、本心だ。

赤面が浮かぶ北原に、クラインは満足げにしていた。

「幸せな、一年の始まりだね」

「レイズ・・・」

「さぁ、食べよう。せっかくナオヤが用意をしてくれた料理が冷めてしまう」

「あ・・・はい」

クラインの手が離れていく。

青い瞳を細める彼に、胸が熱くなった。

これからクラインとの新たな一年が始まる。

元旦を幸福に包まれ過ごせたのだから、この先の一年も幸福が多く得られるだろう。

照れくさくなりながらぎこちなく笑みを返す。

一人残された北原の指先は、受け取った者の礼儀だと、美しいデザインに彩られた封筒を持ち上げて礼をした。

しかし、持ち上げた封筒の驚くほどしっかりとした厚みに、受け取った後悔がにわかに浮かんだのだった。






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