ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・3)



遠藤家には、住人らは一切使用しないと言うのに一流のキッチン用品が揃えられていた。

材料も同じくで、小麦粉も卵も最高級品とありただそれだけで毎度緊張している。

卵一つ五百円。

もしそれを実が誤って落としてしまったら、と考えるだけでぞっとした。

「実さん、そこに居てくださいね。あんまり近づかないでくださいね、危ないんで」

「はぁい。みの、ここでみてる」

元気な返事をし、実はキッチンの隅に置いた細身の椅子に腰掛けた。

片足の悪い実は立ち続けるのも困難だ。

万が一長谷川が手の離せない時に実が身体の不具合を訴えられたら面倒な事になる。

その防御策でもあるし、何より椅子を置いていればそこから動かないだろうという作為もあった。

チラリと実を振り返り、上機嫌でそこに居るのを確認して長谷川は小麦粉の袋を手に取る。

キッチンスケールにボウルを乗せてセットすると、ざらざらと遠慮なく小麦粉を入れていく。

「っと、よし。こんなもんだな」

キッチンスケールからボウルを退け別のボウルを置き、そうしてバターや砂糖も計ってゆく。

作業は順調。

しかしその一方で、背中になにやら熱い物も感じた。

実だ。

実が、ひたすらにこちらを眺めている。

普段長谷川がキッチンに居る時は、実は寝ているかテレビに夢中になっている場合が多い。

彼がそこに居る以上見られるだろう事は予測がついていたが、慣れない為に実際に視線を受けながら作業をしてゆくのはなかなかにやりにくいものがある。

「・・・き、気にしたら、負けだ」

作業台に置いたスマートフォンを指先で軽くタッチし、分量や手順を確認してゆく。

バターを溶かし、高級卵を混ぜ、砂糖と小麦粉を篩いにかけ、それぞれを手順通りに混ぜる。

一ヶ月程前に一度作ったところだ。

それ以前に週三回以上の割合で実のおやつを作っているので、菓子作りは手慣れたものだ。

慣れないと言うなら、ただただ後ろに実がいるというその一点だけだろう。

「じゅんくん、ばくはつはぁ?」

「しっ・・・しませんよ。大丈夫です」

「よかったね。じょうずね」

「い、いえ。今から混ぜるんでまだ安心は出来ませんが」

「そなの?たいへんね」

実さえ手伝うと言わなければ大変な物などなく、ただ実だけがその場所から動かなければ良いと心の中で何度も繰り返し、慎重に言葉を選ぶ。

安全だと分かったからといって、手伝うと言われれば大変だ。

実が必要以上に気を引かないようにとしながら、長谷川は手際よくそれを混ぜていった。

だが、手際よくしているとそれだけ無言になり、そうすると実は飽きてくるのだろう。

ボウルの中の粉が纏まり始めた頃、背後ではガタガタと小さく物音が聞こえ始めた。

「・・・」

「えっとね、えっとね」

「・・・」

「えっと、あれ?あれ?」

「・・・あの、どうかされましたか?」

実は、何も邪魔をしてきた訳ではなく、振り返ってみると長谷川の言いつけ通り椅子から動いてもいない。

だが独り言の呟きが気になり手を止めてしまったのは、ただ長谷川の自己判断だ。

振り返った先では実が携帯電話を片手に顔を上げていた。

大きな目を開け、首を傾げる。

そうして長谷川をじっと見ると、途端に眉をさげてみせた。

「みのね、ここいたよ」

「そうですね、実さんは約束は破ってませんよね・・・で、何されてたんですか?」

実がその場に居た事は見れば分かるし、実が簡単に約束を破らないだろう事はよく知っている。

それよりも問題は手の中の携帯電話だ。

何故なら実は、携帯電話を活用出来ていない。

記憶力は極めて良いので、どこを押せば何が出来るのかは覚えているのだが、アプリケーション起動後にどう操作すれば良いのかは理屈ではない場面が多くあり実は上手く動けない。

小麦粉やバターで汚れた手のまま、長谷川は頬を引きつらせる。

その長谷川に実はパッと笑った。

「あのね、おしゃしん、とるよ」

「・・・は?」

「みのね、じゅんくんくっきね、おしゃしんとってね、ゆたとね、ときーとたいへえにね、おくるよ」

「いや・・・それは別に、い・・・いらないんじゃ、ないですかね」

「なんで?」

何故だと、聞かれた長谷川の方が不思議でならない。

遠藤や先代が長谷川の後ろ姿の写真を貰って何が嬉しいものか、考えなくても分かりそうだ。

だが、それを考えても分からないのが実だと、何度か唇を開閉させたが、長谷川はため息を呑み込みこんだ。

「えっと、後で実さんの写真撮って、それ送りましょう」

「みの?じゅんくんは?」

「俺の写真より実さんの写真の方が、頭も先代方もお喜びになられますよ」

「そうかな?でもね、みのね、みのとれないよ」

「はい。俺が取りますから問題ありません。是非、先代方に実さんの料理しているところを送りましょう」

「わかった、そうするー」

じっと長谷川を眺める。

そうして暫くしたが、実は嬉しげな笑みのまま頷くと不器用に腰をひねりながら携帯電話をポケットへと落とし、機嫌を損ねたそぶりもない。

「みのまってるね」

「は、はい。あと少し・・・と寝かせるだけなんで」

「ねる?じゅんくん、おひるね?みのくっき」

「えっと・・・そういう事じゃなくってですね・・・」

後もう一歩で、生地造りは完成する。

だが実のクッキー造りまではまだ道のりは遠い。



  

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