ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・4)



なんとかコネ終わった卵色の生地を三つの固まりに分け、それぞれラップで密封した。

冷蔵庫で三十分寝かせた後に形成だ。

だがこの「寝かせる」を実に説明するのも一苦労だった。

小麦粉や卵で作った生地は、生物でないのだから睡眠を取る訳ではないし、取れるわけでもない。

「寝かす」は比喩であり、クッキング用語であり、それ以上の説明は難しい。

けれど言葉を言葉のままに取るしか出来ない実に納得してもらうには、嘘や誤魔化しを踏まえつつの説明をするしかなかった。

「さんじゅっぷんね」

「そうですね。そしたら実さんも一緒に形作りましょうね」

「はぁい。みのね、かたちするー」

家庭用タイプの中では大型の部類の冷蔵庫の扉を閉ざす。

出入りする人間は多くても住人はたった二人のこの家で、このサイズの冷蔵庫は不必要なまでに大きい。

冷蔵庫の中身といえば、二日・三日分の食材が片隅に、メインは遠藤のアルコールと実のチョコレート菓子だ。

一抱えあるボウルでも二つは優に入る棚は菓子作りをするにも便利だ。

シルバーグレーの冷蔵庫の扉を暫し眺める。

だが当然のように何があるわけでもなく、長谷川は一つ頷くとそれに背を向けた。

「じゃぁ、それまでの間別の準備しましょうか」

「べつの、じゅんび?」

「クッキーの形作るのに色々買ってきたんですよ」

キッチンを出て、すぐ隣のダイニングテーブルへ向かう。

帰ってきた時にぞんざいに置いたままであったビニール袋を引き寄せると、長谷川はそれを逆さまにひっくり返した。

「手当たり次第買って来たんですけど。こういうちゃんとしたの、俺も使うの初めてなんですよね」

「ちゃんと?」

「いや、俺大体家にあるのとかスーパーで買ったのとかで適当に作ってたんで」

ガチャガチャ、ガサガサと音を立てながら、袋の中身がテーブルへぶちまけられる。

それを目にしたとたん、長谷川の隣でそれを眺めていた実は瞳を煌めかせた。

「わぁ、じゅんくん、じゅんくん、なに、これ?」

しかし、瞳は煌めけど理解をしていた訳ではないようだ。

それを眺めたまま、長谷川のシャツの裾を何度も引いた。

テーブルの上に広がるのは、銀色の抜き型と、四角いパッケージに入ったトッピング材料だ。

「抜き型ですよ。前に俺が作った時は別の方法でしたんですけど、それじゃぁ実さん出番が・・・いや、えっと、あんまり可愛いのは出来ないんで、はい」

以前作った時は、思い立ったの自体が夜で準備らしい準備もできなかった。

その為インターネットで調べて、手軽で型も要らないタイプの作り方にしたのだ。

生地を四角い棒状に纏め、冷凍庫で寝かせ、それを包丁で切っただけだ。

だがその方法だと、実の手伝う余地はない。

「四角い棒状」に形を纏められるとは思えないし、冷凍し堅くなった生地を包丁で切らせるのは恐ろしい。

万が一の実の怪我も、実が怪我をした後の自身の処分も、何もかもが恐ろしいの一言だ。

「実さん、ねんどはしたことありますよね?あんな感じです」

「みのね、ねんどある。うさぎさんつくった」

「あ・・・あぁはい。あんな、感じ・・・です。あ、でも。食べ物で遊んじゃいけませんからね。真剣に、真剣に」

「はぁい」

実の作った粘土作品を思い出し、内心青ざめた。

あの時の遠藤の暴言と、初めて見た実の怒りは衝撃的だった。

しかし、慌てて粘土とクッキーの違いを訴えたものの無意味であったかもしれない。

なぜなら、粘土であっても実は決してふざけていたわけではない。

真剣だったからこその怒り、そして出来映えだ。

あまり考えたくはないと頭を降り、長谷川はテーブルの上で転がる型を上向きになるように並べた。

「適当に選んできたんですけど、えっと、こっちが花で、こっちがハートで、こっちが熊で、こっちが・・・細かい花ですね」

「わ、わ。かわいいね」

「ですね。ざくっとした型にしたんですけど」

「じゅんくん、じゅんくん、ぴかちゅは?」

「あぁ、あれやっぱり普通の店ではないみたいなんですよ。あるにはあるらしいんですけど。一応注文はしといたんで、今度しましょう」

「はぁい」

今度。

それは自分で言いながらも恐ろしい響きだ。

実の求める型が存在するのかすら、インターネットで簡単に調べられてしまった。

そして見つけてしまったので、今日は到底無理だとわかっていても、気がついた時には購入ボタンを押してしまっていた。

僅か数秒。

その間に何を考えていたのか、何故見なかった事にしなかったのか、自問自答しても遅い。

一つため息を飲み込む。

頭を揺らしながらクッキー型を眺める実を見下ろし、長谷川は最後の一つを手にした。

「でも、これでポイのが作れるんで、作りましょう」

「ぽいの?」

「似てるのです」

「あ。うさぎさん」

インターネットで調べた、どこぞの主婦が紹介していた方法。

うさぎのクッキー型を利用する記事を見た時、型のカスタマイズなど面倒だと思った。

どうせ実だ、適当に誤魔化せば良いとも思ったというのに、そこはやはり長谷川だった。

「はい、ちょっと形も変えましょう」

「かえる?」

「はい」

ダイニングテーブルの端においていたもう一つの小振りなビニール袋を引き寄せる。

中にはラジオペンチ。

凶器として以外にこのような物を握るのは久しぶりだ。

「うさぎさん、ぴかちゅになる?」

「がんばります。実さんは危ないんで見ててくださいね」

「じゅんくん、すごいね。みのおうえんする」

実が嬉しげに笑い、髪が揺れる。

今度はため息が自嘲に変わった。

結局のところ、全ては長谷川の意志で動いている。

「出来っかなぁ」

凶器にもなりえるそれを、本来の用途として握りしめる。

片手にしたアルミ製のウサギのクッキー型を、記事を寝かせているだけの時間を掛けて歪めていったのだった。



  

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