ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・5)



三十分という時間は、短いようで長く、長いようで短い。

長谷川にとってはバタバタとあっと言う間に過ぎていった時間も、実にとってはそう短くもなかったようだ。

クッキー生地を寝かせる時間は、長い分には過ぎても構わない。

それよりも準備が優先だと考える長谷川の一方、実にとっては「三十分」は「三十分」だ。

時間が来ると当然のように、「今すぐ」だった。

「じゅんくん、さんじゅっぷん」

「もう三十分っすか?あー、はい。ちょっと待ってくださいね」

「でもね、さんじゅっぷん」

「はい。あの、すぐするんで」

先ほど買ってきたばかりのシリコンマットを広げる。

そこに小麦粉をまぶして整えると、長谷川は長い息を吐き出した。

いよいよだ。

昨日から悩みに悩んだが、とうとう此処まで来た。

まだ小麦粉が薄く広げられているだけのそこから無理に視線をそらせると、長谷川は意を決し実を振り返った。

「お待たせしました。始めましょうか」

「はぁい。じゅんくん、たのしみね」

「そうですね。じゃぁ手、洗ってきてください」

「はぁい」

さも嬉しげな実が満面の笑みを浮かべ、悪い足を引きずりキッチンのシンクへ向かう。

それを横目で眺めながら長谷川は冷蔵庫へ足を向け、ラップに来るんだ生地を三つ重ねて取り出した。

三十分寝かせる事でそれは堅く、心持ち重くなっている。

「じゅんくん、みの、あらった。て、あらったよ」

「はい、じゃぁちょっと待ってくださいね。えっと・・・どんだけかかるか分かんねぇよな」

オーブンレンジのふたを開けた長谷川は、唇の中で呟くとただ中から鉄板を取り出した。

大抵のレシピでは成形をしている間に余熱をすると書いてあり、長谷川一人ならば素直に従っていただろう。

けれど、そこに実が居る。

彼の作業を想像するだけで、「手早く・手際よく」とは無縁であるとあっさりと想像できた。

「じゃぁエプロンしましょうか。買ってきたんで」

「みの?じゅんくんは?」

「あー、俺は別に・・・あの、なかったんで」

「なかったの?ざんねんね」

「・・・そうですね。さ、これです。実さん、つけましょうね」

「はぁい」

キッチン用品コーナーの片隅に売られていたエプロンを見た時に、迷うことなく手にしていた。

実の為に菓子を作ろうとも、本来それが趣味でもなければ神経質な性質でもない長谷川は、キッチンに立ってもそういった物を身につける事はない。

だが実は、なければならないとしか思えなかった。

なくとも長谷川はそれなりに衣服を汚さずに行える。

特別上手くはなくとも、特別不器用ではない。

しかし実は。

クッキー生地をダイニングテーブルのシリコンマットの上に置く。

肩紐が背中でクロスしているタイプのそれの腰紐を後ろで蝶結びにすると、縦向きの不格好な蝶になったけれど実からは見えないので良い事にした。

胸当てのついた膝丈のそれは薄い水色のチェック柄で、実によく似合っている。

「じゅんくん、どうするの?」

「まず、俺が生地延ばすんで、実さんはさっきの型で抜いてくださいね。まぁ、型使わなくても良いんですけど」

「ねんどみたいな?」

「そうですね。あ、でも、食べ物なんで、あんまりぐちゃぐちゃしちゃ駄目ですよ」

「はぁい。みのね、じょうずする」

「よろしくお願いします」

今はもう、実の言葉とやる気を信じるしかない。

固まりの一つからラップを外し、それを更に半分以下に分けるとマットの上に置いた。

延ばし棒にも小麦粉をつけ、そうしてマッドの上で延ばしていく。

この作業も実には無理だろう。

出来るだけ均等な厚みにしなければならないが、その見極めが出来るとも思えなかった。

「っと、これぐらいでいっかな」

「じゅんくん、かんせ?」

「完成です。・・・ってこっからですけどね。実さん、これをこう、こうやって型を当ててですね・・・ほら、こうやって」

5mm程度の厚みに延ばした卵色のクッキー生地に、銀色の型を押し当てる。

たまたま手にしたハート型が生地に象られ、クッキー型にはまるように抜けるそれを型から外す。

そうしてクッキングシートをひいた鉄板の隅に置くと、そこには綺麗なハート型が出来上がっている。

「こんな感じです。簡単・・・ではないんですが、実さんならきっと出来ますよ」

「できる?できたらいいね」

「そうですね」

「みのね、がんばるね。えっとね、どれにしようかな」

二人掛けにしては広いダイニングテーブルに、マットとクッキー生地。

その奥にクッキングシートつきの鉄板が二つと、その横に複数のクッキー型。

それらを一つずつ眺めた実は、ようやくクッキー型の一つを手にとった。

「みのね、ぴかちゅ」

「あー、それっすか。すみません、あんまり上手く出来なかったっすね。うさぎとあんま変わんねぇし」

ペンチで型を曲げてみたけれど、アルミで出来たそれのつなぎ目の破損を恐れるあまり強くは動かせなかった。

そうして出来上がったのは、原型と大差のない、やはりウサギだ。

実がじっと、その型を眺める。

しかし暫くして顔を上げると、髪を揺らして笑った。

「これね、ぴかちゅね。じゅんくんの、ぴかちゅね」

「実さん」

「みの、ぴかちゅすきぃ」

「・・・そうっすか。良かったです。じゃぁ作りましょうか」

黙って実を騙せば良いのについ言ってしまうのも、放っておけば良いのに実の要望に応えようとしてしまうのも、それが実だからだ。

長谷川は元から良い人柄などでは決してなかった筈で、だからこそ霧島組にいるとも言える。

広げたクッキー生地のド真ん中に、元はうさぎだった型を実が押し当てた。

実のクッキー作りは、ようやく始まった。



  

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