ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・6)



二枚ある鉄板の内、ようやく一枚が型抜かれたクッキーで埋まった。

長谷川も手伝ってしまうと、あっという間に鉄板は綺麗に型抜かれたクッキーで埋め尽くされてしまい実の手伝いどころがなくなりそうな為、あえて手を貸さずに、必要以上に口も出さずに眺めていた。

「ぴかちゅ、ぴかちゅ」

よほど気に入ってくれたようで、実は元うさぎの自作ぴかちゅの型ばかりを使っている。

鉄板に並ぶのは、長谷川が試しに抜いたハート型が三つと残りはぴかちゅばかりだ。

もっとも、型抜きを真っ直ぐに押しつけない為断面は斜めになり、故に生地から安易に取り出せず、引っ張るので伸びてしまったそれは、歪な歪みをみせている。

黒い鉄板の上に白いクッキングシート。

そのうえに濃い卵色のクッキー生地。

それはどう見てもうさぎ、否、クッキー型よりも更に歪み、別物にすら見える。

そこに実は何の疑問も感じずに作り続けているものの、長谷川としてはこれで良いのか疑問だ。

実が上機嫌であればそれが何よりなのだが、しかしこの正体を見抜けないと困る人物が居る。

残る勝負は焼いた後だと、内心拳を握りしめた。

「実さん、この調子で作れますよね?そろそろ余熱してきますね」

「よねつ?おねつ?」

「いえいえ、オーブンをあっためておくんですよ。熱いところから焼き出さないとちゃんと焼けないんで」

「ばくはつ、する?」

「あー・・・そうですね、余熱しないと爆発するかもしれませんね」

「たいへんね。よねつ、しないとね」

「でしょう。じゃぁちょっとやってきます」

面倒な説明を適当に流し、長谷川はダイニングテーブルから離れた。

家庭用の中では大型の部類になる、国産メーカーのハイクラスのオーブンレンジだ。

それだけに機能やスイッチの類が多くついている。

絶対に実には触らせられないと見るからに分かるそれを、長谷川は手慣れた素振りで余熱をセットした。

余熱の時間や温度については、昨晩何度もホームページを見たので覚えてしまった。

「じゅんくん、なくなったよ」

「え?何がですか?」

「くっき、おすの、なくなったよ」

「あぁ、はい。待ってくださいね」

唸りをあげ赤く熱を持ち始めたレンジを暫し眺めていた長谷川は、ハッとするなり実の元へ小走りに戻った。

見ると、薄く広げられた生地は穴だらけで、平らな面が減っている。

実愛用のぴかちゅの型は、長谷川の人差し指と親指で輪を作ったよりも大きく、それを押しつけるだけのスペースはあいていなかった。

そもそも、実には物事を順序立てて考える能力が弱い為に、型を取るにしても、思いついた所からおこなっている。

端から順に、余部を出さないように、という概念はなさそうだ。

その為、こうして穴だらけになるペースも、長谷川がおこなうよりもずいぶんと早い。

その度に長谷川は生地を捏ねて延ばし直していた。

「じゅんくん、べた、して」

「はい、そうですね。・・・あ、でも」

「でも」

「残り少ないですね」

「へ?」

実の前の生地は、纏めても拳の半分程度。

まだラップにくるまれたままの生地もあるので合わせれば良いのだが、どことなく混ぜたくない。

とりあえず穴だらけの生地を一カ所に集める。

それをつなぎ目がないように捏ね直したが、長谷川は棒で延ばす事無く実の前に置いた。

「これ、残りこれだけなんで、手で作っちゃいましょうか」

「て?」

長谷川がオーブンの余熱をしている間に、二枚目の鉄板の上も埋まりつつある。

残りを埋めるならば適当で良いだろうと思ったが、口には出さなかった。

「はい。こうやって、こんな感じに」

生地の固まりから小さく生地を千切る。

そうして手で丸めると、ボール状になったそれを指先で潰して円形を作り、実に見せながら鉄板の上に置いた。

「どうですか?」

「すごいね、たのしいね」

「そうですか、よかったです。その間、俺はこっちのを広げておくので」

「はぁい」

「じゃぁ実さんはあっちの隅でやってくださいね」

「はぁい」

生地の固まりをシートの端に追いやる。

そこに何の疑問を持たなかったらしい実は、嬉しげにしながら場所を移動していた。

全て実についていては終わる物も終わらない。

ねっとりとした油の個縁ついたシートに小麦粉をまぶす。

それを薄く広げ新しいクッキー生地の固まりを放つと、長谷川は常温でやや柔らかくなったそれを、新しく小麦粉をつけ直した棒で延ばした。

手慣れたものだ。

全て出来あがると結構な量になるが、実が食べる量も多いので構わない。

調合は長谷川なので味の保証は出来る、などと考えていた時だ。

長谷川が生地を5mm程度の厚みで広げ終わった頃、隅に追いやった実からも声があがった。

「じゅんくん、できたよ。みのね、できた」

「そうですか、じゃぁ今度はこっち・・・え?」

「みのね、じょうずした」

「えっと・・・え?えっと」

実の前には、クッキー生地の固まり。

どちらかと言えば縦に盛られた固まりは、長谷川が置いた物とは違う。

だが、「できた」という実はどう見ても満足げだ。

どこから何を言って良いのか分からないまま、長谷川はそのクッキー生地の固まりと、実を交互に眺めたのだった。



  

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