ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・7)



小山と盛られたクッキー生地を前に、実は上機嫌だった。

「えっと、実さん」

「じゅんくん、これね、のせて」

「あー、えっと」

まずどこから指摘をすれば良いのか分からない。

秒針が三つ進む。

きっかりその間放心した長谷川は、一つ息を飲み込むと意を決した。

「実さん、これだけ立体的だったら、火、通りませんよ」

「ひ?」

「そうです。生焼けになりますからね。ほら、他のクッキーは薄いでしょ」

「あ。ほんとね。これだめね」

「そうですね。折角実さんの作った・・・・作った・・・・えっと、作品が」

長谷川が乱雑に置いた固まりをただ立てただけのような物体。

否、それ以上に歪に形の崩れた物体。

上下・左右・前後に生地の固まりがついており、楕円型を潰したようなそれらが何かを表しているのだろうが、生憎何であるかは分からない。

下手な言葉を吐けば以前の遠藤の二の舞だと、ありふれた言葉で曖昧に濁すのが精一杯だ。

「すみません、そんなわけでこれも薄いやつにしてもらえますか?余熱も終わってしまいますし」

「はぁい。ざんねんね。───みののぴかちゅ」

「・・・ぴかちゅ?」

「へ?ぴかちゅ」

「あー、あぁ、はい。残念ですねぇ、実さんのピカチュウ。折角・・・上手だったのに」

「ね。でも、なまやけ、だめね。ばいばいね」

実がクッキー生地の固まり、黄色いネズミのキャラクターを模したというそれを、指先で摘み崩してゆく。

さも残念そうにしながらそうする実を、長谷川は一歩離れた心境で眺めた。

あのボコボコとした、生地がつけられた部分が耳や手、尻尾だったのだろう。

しかし、この固まりがかのキャラクターであるとは、聞いた後も容易くは理解が追いつかない。

ただただ内心を覆い隠し、実を眺める。

上機嫌が少し傾いでいる実へ、追い打ちをかける事は出来そうにない。

実が作ったというそれが、少しずつ崩されていく。

崩した生地はボール状に丸め中心を潰して平たくし、長谷川と同じようにして見せた。

もっとも同じ行程を踏んだところで、そもそもボール状の物が歪であることと、つぶし具合が均等でない事から、双方の制作した物の差はとても広い。

「それ終わったら、次こっちしてくださいね───あ」

「はぁい」

そうしていると、キッチンの中から甲高い機械音が響いた。

余熱を終えた音だ。

すぐに入れなければ無駄になる、とまでは言わないが、完了してしまうと気がせいてしまう。

実の手元と、オーブンレンジを交互に見る。

手伝ってしまえばあっという間に出来あがるだろうが、それだけに実の手前、手を出すに出せない。

「まーる、まーる」

「実さん、余熱終わったんで・・・」

「なぁに?」

「い、いえ。頑張ってください」

「はぁい」

長谷川を振り返る実は、作業をする手を止める。

急がば回れと意言うが、急がせたいのならば放っておくのが一番なのかもしれない。

長谷川だけが急いても仕方がないというのにどうにも気が急く。

そうしてやきもきとしていると、ようやく実は小山の固まりだった物を全て潰し終わった。

「じゅんくん、できた」

「出来ましたか。じゃぁすぐ焼きますからね」

ダイニングテーブルに広げられていた二枚の鉄板を手に、キッチンへ向かう。

一旦それを作業台へ置きオーブンレンジの蓋を開け、そこから僅かな熱気を感じると長谷川は急いで内部の溝へ鉄板をそれぞれ滑らせた。

「・・・よし」

手際よく鉄板を入れ、蓋を湿る。

そうして一息つくと、サイドのボタンで温度や時間をセットして開始させた。

オーブンレンジが、唸りをあげる。

黒く見える窓の中は赤い光が見えていた。

温度も時間も間違いはなく、材料の調合も不安はないので後は機械に任せるしかない。

「よし、次してもらうか」

なぜ数回分の生地を作ってしまったのか、ふとした自問自答と公開が頭を過ぎる。

だがその明白な答えなどなく、長谷川は小走りにダイニングテーブルへと戻った。

「実さん、次のが焼けるまでにこっちの作っておきましょう。鉄板ないですけど、クッキングシートに並べたら大丈夫なんで」

「これも、あれもつくるの?」

「はい、疲れましたか?」

「ううん。うれしいね、たのしいね」

「そうですか。良かったです。さ、急がないと」

「はぁい」

数回分の生地を作ってしまった理由など、特別はいらないのかもしれない。

嬉しげな実が、長谷川が広げたクッキー生地に型を押しつける。

それが答えの全てだ。

水色のエプロンは白ともクリーム色ともつかない物で汚れている。

それを眺める長谷川は、思い出したように携帯電話を取り出すとその様子をカメラ機能の撮影したのだった。


  

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