ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・8)



焼き時間の二十分はあっと言う間だ。

実が二度目に焼く為のクッキーを型抜いているうちに、一度目が焼きあがる。

味見や喜びにひたる間を与えずに三度目を作らせ、ようやく一息がつけたのは四度目にオーブンレンジを動かし、全ての生地がなくなってからであった。

「やっと終わりましたね。実さん、お疲れさまです」

「おつかれね。もうぜんぶ、おしまい?」

「いえ、まだ一仕事あります」

実がクッキーの型抜きをしている間に長谷川は出来る限りの片づけをしていたので、キッチンは綺麗だ。

そしてその作業台には、焼きあがった無数のクッキーが所狭しと並べられている。

端から制作した順序正しく並べられており、最初に比べれば回を重ねるごとに実の出前もあがっていると感じなくもない。

当初の予想に反し、前半の殆どが長谷川カスタマイズの型を使用している。

しかしそれが増えすぎると後々面倒になるのは分かり切っていたので、二度目の焼き分の二枚目の鉄板からは、他の型とすり替えた。

トッピング素材を盛りつけるにはその型ではし難い、と言えばあっさりとしたものだ。

元はただ深くは考えずに購入したナッツやチョコレートのトッピング素材が、このような言い訳に役立つとは予想外だった。

そうして上機嫌のまま実はハートや星型の生地の上にトッピングをしていったけれど、その作業が増えたのも鉄板一枚を仕上げる時間が増加した要因だ。

型に抜かれたクッキーをクッキングシートに並べた上でデコレーションをしたのだが、よけいな部分に大量に素材が飾り付けられているのは、見て見ぬ振り、無かった事にしてやり過ごしている。

今作業台の上には、焦げて原型がつかめず、塵になる寸前の小山も見受けられた。

キッチン同様に綺麗に片づけられたダイニングテーブルの前から、長谷川は首を捻りそれらをチラリと見やる。

ようやくここまでこぎ着けたとため息の零れそうな長谷川をよそに、実は嬉しげにしながら首を傾げた。

「ひと、しごと?」

「はい。このままじゃ、ピカチュウって分かり難いじゃないですか。なんで、顔を描こうと思います」

「かお、おかお?」

「そうです」

ダイニングテーブルの隅に置いていたビニール袋の中から、長細いパッケージの物をガサガサと取り出す。

分量が見極められなかったので両手に一掴みずつ取ってきたのだが、合わせて十以上は優にありそうだ。

そのパッケージの一つを手に取り指で切り開封する。

中から取り出したのは、透明のソフトプラスティックに入ったチョコレートペンだ。

「じゅんくん、それなぁに?」

「チョコレートです。ここ、こうやってペンみたいになってるでしょ。温めてここ切ったら、ちょっとずつ出てくるんですよ」

「わぁ、すごいね」

これもまた、昨晩調べたレシピに載っていた方法だ。

他にもチョコレートパウダーを使う方法などもあったが、こちらの方が実には良いだろうという判断した。

もっとも、実がおこなうというのが何より重要で、どのような形に仕上がるかは二の次、三の次だ。

味は長谷川調合の生地に市販のチョコレートなのだから、見た目には全く関係がない。

「じゃぁ温めましょうね。待っててください」

「はぁい」

この手のチョコレートペンは、煮えた湯ではなくポットの湯の湯銭で良いようだ。

一人キッチンへ戻り、適当な大きさのどんぶりに電気ポットから湯を注ぐと、そこに開封したチョコレートペンを二つ放り込む。

長谷川作の型で抜かれた物が増えすぎるのを阻止したのは、その型の分だけ顔を描かなければならないからだ。

それだけの数に耐えられるだけのチョコレートペンがあるのかも分からなかったし、もしも生地全てなどと言われれば、一つ一つ手描きをおこなうのは気が遠くなりそうだ。

否、鉄板三つ分の今でも十分に、冷や汗ものではある。

初めに焼いた物の乗ったクッキングシートを慎重にダイニングテーブルへと運ぶ。

二つ目三つ目のその型が使用されている全てを同じように運び、長谷川は放置していたチョコレートペンを丼鉢の中から取り出した。

「よし」

キッチン鋏で先端をカットする。

それを手に戻ると、一つを実へと渡した。

「実さん、まず見ててくださいね」

「はぁい」

「これで、こう。ここと、ここと、ここですね」

昨晩繰り返しレシピを見たので、そもそもそれ以前に実と一緒にそのアニメ番組を頻繁に見ているので、彼のキャラクターの彩りは頭にたたき込まれている。

スティックの腹を潰すようにし、チョコレートを押し出す。

耳の先端と目と頬、そして動物特有の噴水のような口を書き込む。

特別絵心がある訳ではない長谷川がおこなっても、チョコレートの色が茶色という事もありそれは立派に、ウサギから黄色いネズミへと変化を遂げた。

「で、こんな感じです」

「わぁ、すごいね。すごいね。ぴかちゅね」

「ちゃんと見えますか?」

「うん。ぴかちゅ。ぴかちゅ」

「良かった。あー、えっと、沢山あるんで、俺も手伝いますね?実さんも頑張ってくださいね」

「はぁい」

「じゃぁチョコレート固まらないうちにやっちゃいましょう」

「はぁい」

実が、一番近くにあったクッキーからチョコレートペンを走らせる。

長谷川はといえば、奥にある、一際形の崩れた物から取りかかった。

顔の描きこみを手伝った物も実の作品と呼んで良いのかは不明だ。

けれど、実一人に任せるとどれだけ時間が掛かるのか分からず、その間斜め後ろからやきもきと見ているだけの心の余裕は既になくなっていた。

ふと実の手元を見やる。

ナッツなどのデコレーションをおこなった時同様に、クッキングシートまで彩っている実は、どこまでも楽しげであった。



  

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