ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のクッキー作り・9)



実は、ウキウキとしてソファーに座っていた。

「ゆた、もうちょっとかな」

「そうっすね、もうエレベーターはついたんじゃないっすか?」

「ゆた、はやいのうれしいね。はやく、わたしたいね」

緩みきった顔で柔らかい髪を揺らせ、ソファーの横に立つ長谷川を振り返る。

いつも以上に遠藤の帰宅が待ち遠しいには理由がある。

スクールから帰宅後夕方までかかり沢山のクッキーを作った。

出来上がった物を早速食べたが、それはあたかもショップで購入したもののように旨かった。

それは今、特に良く出来た物を長谷川が厳選し、ダイニングテーブルの大皿に十個程並んでいる。

残りはタッパーに入れたので実のおやつとなるが、とにもかくにも今の実の興味は、ダイニングテーブルの出来の良いクッキーだけだ。

これは実の分ではない。

誰よりも一番食べてもらいたい、遠藤の物だ。

その遠藤は、今日はいつになく早く帰宅をするようで、まだ風呂にも入らない実は落ち着かずに待っていた。

「まだかな、まだかなぁ・・・あ」

「あ」

「かえってきた」

「実さん、転ばないでくださいよ」

「はぁい」

玄関からガチャリと音が聞こえた。

そうして反射的に立ち上がった実は、精一杯の早足で音のした方へと向かっていった。

気持ちばかりが先行して前のめりとなる。

上手く動かない足がもどかしくあるがそれも今は気にならず、通常の人の倍以上をかけて玄関へ続くしきり扉へたどり着いた。

だが実がそこへ手をかけようとした時だ。

それよりも早く、外側からそれが開けられた。

「・・・実、なにやってんだ?」

「ゆた、おかえり」

「ただいま。で、なにやってんだ?」

「えっとね、あのね、お、でむかえ」

「あぁ、そうか。ありがとな」

ネクタイを緩めたジャケット姿の遠藤が、ふと笑みを浮かべる。

部屋へ入るなり遠藤の腕が伸びると、彼は実の脇へ手を差し込みさも当然だと抱き上げた。

遠藤に抱き上げられるのが好きだ。

もう何度も数え切れないまでにそうされているけれど、毎度胸がキュッと鳴る。

しかし今は、別の事で頭が一杯だ。

抱き上げられた遠藤の肩を叩く。

そうして実はダイニングテーブルを指さした。

「ゆた、ゆた、みてー」

「あ?どうした?」

「あれね、つくったよ。みのね、つくったよ」

何度も遠藤の背を叩きながら、もう一方の手でテーブルをさす。

遠藤はすぐにそこへ足を向けると、テーブルの前で実をおろした。

「クッキー、作ったのか」

「そーでねーこれね、なに、わかるー?」

卸された実は、遠藤の腕をとり両腕で絡みつく。

皿に並ぶのは、少しの小さなハートと、大半の長谷川が作ってくれた型で抜いてチョコレートペンでデコレーションをしたクッキーだ。

元はウサギだった型は、賢明に抜いたけれど縦や斜めに歪んでいる。

チョコレートのペイントも頑張ったけれど、はみ出てしまったり歪んでしまったりとしている。

だが、きちんと描けている気もした。

遠藤の肩よりも低いところから期待を込めた眼差しで見上げると、遠藤は一つをつまみ上げ頷いた。

「ピカ、チュウだろ。あの・・・あれだ。ぴかちゅうだろ?」

「わっ。うんうん。そー。わかったね」

「そりゃぁ、あれだ。見たら分かるだろ。な、なぁ千原?」

いつからそこに居たのか、遠藤とクッキーにばかり意識が向いていたため気がつかなかった千原が、ダイニングテーブルの向かいで頷いていた。

先ほどまで実の横にいた長谷川は更にその後ろに居る。

遠藤の呼びかけにつられるよう顔を上げると、そこで千原はいつもと変わらない小難しい顔をしていた。

「ちーちゃんも、わかった?」

「はい。どう見ても、ピカチュウです」

「わー。よかったね。みの、うれしい」

向かいで千原が、横で遠藤が何度も頷いている。

賢明に作ったので気がついてくれたのが何より嬉しく、元から良かった機嫌が更に良くなる。

「あとでねー、ときーとたいへえにもね、おしゃしん、おくる」

「写真?これのか?」

「うん。あのね、ゆたとちーちゃんね、わかったからね、ときーとたいへえもわかるかな?」

「・・・い、いや。あれは・・・なぁ千原」

「え?いえ、あの・・・せっ先代方は、そもそもピカチュウをご存じないかもしれません。きっと、はい」

「あぁそうだな。そうだ。あのおっさんらは知らんだろ」

早口に遠藤と千原が言い合うと、実は聞き取るだけで精一杯だ。

理解にはまだ時間がかかると小首を傾げる。

結局遠藤と千原が何を言いたいのかは分からなかった。

「んーうん。あのね、ゆた、たべて。ゆた、たべて」

「いいのか?顔描いてんのに」

「いの。これね、くっき」

「そうか・・・・あぁ、旨いぞ。上手だな実は」

「あのね、まぜまぜこねこねね、じゅんくん」

「・・・そうか、い、いや、そうか」

「やいたのもね、ちょこれーとはいしたのもじゅんくん」

「チョコレート?」

「よかったね、じゅんくん」

千原の後ろの長谷川へ笑いかける。

返答らしい返答は返って来なかったけれど、実は気にならなかった。

昨日クッキーを作りたいと実が言ったから、長谷川が賢明に準備をしてくれたのも、手伝ってくれたのも、実は実なりに理解をしている。

決して一人では出来なかったし、こんなにも良い仕上がりにも出来なかっただろう。

「またつくるねー。じゅんくん、またつくろね」

両腕の中には遠藤。

そして実の作ったクッキーを旨そうに齧っている。

実がしたかったのは、その先に見たかったのはただそれかもしれない。

充実した一日だった。

いつかまた、近いうちに行いたいものだ。

「そしたら、またたべてくれる?」

「あたりまえだ。実が作ったもんならな」

遠藤の大きな手が実の髪をグシャリと撫で、ふと笑みを浮かべる彼がいつになく優しく見えた。

いつになく疲れていた筈だというのに、今は疲労など何も感じない。

長谷川や千原が居る事など気にもせず、実は両腕で遠藤の腹へ抱きついた。

「ゆた、だぁいすき」

遠藤が食べた事により、実のクッキー作りの全行程が終えられたのだった。



+目次+