霧島シリーズ・お礼用SS
(環の噂)



太陽の日差しが明るく降り注ぐ。

追っている事件は決して明るくないが、覆面パトカーの車内でブラックの缶コーヒーを片手にする倉田は、助手席で弛んだ面もちを浮かべていた。

「今日は良い日だなぁ」

「良い日?昼食前に法医学教室に呼び出され、顔も骨格もかろうじて判別出来るっていう程度まで潰された死体の解剖の調書取ったのがですか?まぁ、倉田さんはそうでしょうね。でも、倉田さんだけですよ」

路肩に停車した車のハンドルに腕を預け、相内が嫌味に言葉を尖らせる。

彼が組織犯罪対策課に配属されて以来ペアを組む相内は、倉田の後輩になるが全くそのような素振りはなく、今に始まった事でもない。

微糖コーヒーの缶を唇にする。

胡乱な眼差しの相内が司法解剖の調書を取っている間、倉田は解剖室の隅でその様子、特にある一定を眺めているだけだった。

そしてそれは、決して顔の判別がなんとか出来る死体ではない。

「それだけじゃねぇんだよ。あの後な、帰り際のめぐちゃん何て言ったと思う?」

「は?知りませんよ」

「『あれは他殺だ』って。なんか嬉しそうだったんだよなぁ」

「・・・そりゃぁ、あれだけぐちゃぐちゃに潰れてたら、自殺じゃないでしょうし、事故になりそうな跡も現場に残ってないから俺だって分かりますよ。っていうか、富永先生がそれ言うのって、かなり普通の事じゃないですか」

「いやだからさ、嬉しそうだったのよ。めぐちゃん、変死体好きだな」

「嬉しそう・・・だったのも俺にはよく分かりませんけどね。富永先生、ポーカーフェイスだし」

昼食を食べようかという時間に医大の中にある法医学教室に呼び出された自体は、倉田にしても嬉しくない事だ。

だが、それが青桜大学――愛しい恋人が法医学者として在籍する法医学教室であれば、目的は暴力団員の変死体の解剖だとしても、心が弾む。

そのうえ、その死体の解剖に環も助手として立ち会うとなれば、解剖中のまがまがしい中も死体ではない一点に視点が吸い寄せられるというものだ。

帽子やマスクで顔を隠した環が見えるのは目元だけで、いっそ横顔どころか背を向けている場面もある。

それでも喜ばずにはいられないのは、環がいようが居まいが暴力団員や死体と関わらなくては鳴らないのが日常だからだろう。

もっとも、相内の言う「ポーカーフェイス」は非常に好意的な遠回しな言い方であり、それよりも相応しいのは「無表情」「表情が薄いってあれば」だ。

「で、じゃぁ富永先生ほかに何か言ってませんでした?」

「他?他・・・あぁ、今日のサプリメントは飲んだかって。昼飯がまだだからまだだって言ったら、コップ一杯の水で飲めって。そんなの毎日聞いてんのに、めぐちゃんは心配性なんだから」

「・・・そうじゃなくって、事件についてですよ。何か捜査に役立ちそうな」

「そんなのあったら真っ先に言ってるての」

「・・・ですよ、ね」

飲み干したコーヒーの空き缶をカップホルダーに刺す。

そうして両手を空にすると、倉田はさも当然だと煙草のソフトケースと使い捨てライターを取り出した。

「まぁでも、霧島が関わってんじゃないの?」

「何でです?」

「あそこが霧島のシマだから」

「・・・だけ、ですか?」

「ここ最近、小競り合いをよく聞くから」

「どれも手がかりとすら呼べませんね」

カチリと小さな音を立て火を灯すと、大きく煙を吸い込む。

倉田にしても、思いついたままを口にしているだけだ。

それをただの冗談や軽口だと聞き流せる相手ばかりではなく、頭の固いお偉方にはあまり喜ばれていないのも知っている。

それでも口を慎まないのが倉田だ。

「ま、それはともかく、霧島のシマで起こったのは事実ですし、あれが単なる素人の犯行じゃなさそうなのも同意しますよ。ガイシャは近隣の暴力団員で間違いありませんし」

「ん、じゃぁ今晩にも聞き込みいきますか。そのうち、遠藤辺りからも接触あるだろうしな」

「本当は霧島無関係なら接触もないでしょう」

「霧島関係なくても、ヤクザがらみならあいつらも黙ってねぇんじゃねぇの?」

「それも憶測ですね」

「まぁね」

倉田の強みは、暴力団幹部にも街のチンピラにも、手広く持つ情報網。

年月をかけて得た関係は、ある程度の信用度はある。

霧島組の若頭、遠藤や牧田もその一人だ。

「あ、そういえばさっき課長から収集かかって会議が・・・」

「あー、悪い。俺腹痛なったわ」

「・・・またですか?今朝も、昨日もなってませんでしたっけ?」

「そうなのよ。あー、痛い。痛い。大変だわ、って事で」

さも感情の籠もらない口調で言うと、倉田はカップホルダーに刺した空き缶に灰を落とす。

書類を書くのも、会議に出席するのも、きっちりとネクタイを締めるのも好きではない。

煙草を唇にくわえ、到底腹痛を感じさせない面もちで扉に手をかけるとそこを押し開いた。

「じゃぁ、後よろしく」

「倉田さんのクビが飛んでも俺は知りませんからね。それから、朝には良い情報持ってきてくださいよ」

「精一杯頑張るよ」

扉を腕で支え、倉田は運転席をのぞき込んだ。

大抵の場合、一日の半分は相内と別行動だ。

上がそれをどう思っているのか、知られるのも面倒だが二人にとって、少なくとも倉田にとっては効率的な方法だ。

「じゃぁね」

缶を持った手をハンドルに預け、相内が空いた片手をあげる。

それにニヤリと笑い、倉田は勢いよく白いミニバンの扉を閉めた。

太陽の光は高い。

昼前にみた死体は無惨な姿だったが、その司法解剖の助手は愛しい恋人。

「さ、行きますか」

短くなった煙草を吹かす。

どうにも頬を引き締められないまま倉田はアスファルトに灰を落とし、白いミニバンに背を向けると歩き出したのだった。



+目次+