三城×幸田・お礼用SS
(TV放送の翌日に)



朝から二人分の弁当を作り三城に見送られる形で出勤をした恭一は、職員会議の時間に余裕を持ち職員室の扉を開いた。

「おはようございます」

教室二つ分はある職員室に、教師や生徒の姿がパラパラとある。

自分の席について書面を睨みつけている教師もいれば、数人固まりコーヒー片手に雑談をしている教師らもいる。

なにげない、いつもと同じ朝の光景。

そして恭一もまた、いつもと同じように自分の席へ足を向けた。

昨晩は三城の帰宅が早かった。

目的の用を済ませ、甘い時間を過ごし、少し遅い夕食を二人でとった。

充実した夜のひと時を過ごした朝なので、恭一の機嫌も特別良くなるというものだ。

いっそ鼻歌が混じりそうな中、自席に鞄を置く。

そうしていると、見知った教師ばかりの職員室の中でもより親しい顔、大石と上田が恭一の隣の席から声を掛けた。

「幸田先生、おはようございます」

「おはようございます」

「大石先生、上田先生、おはようございます」

どちらも高校教師としては先輩だが年代は近く、仕事面だけではなく日常会話も話の合う彼らは気楽な存在だ。

椅子を引き、腰を下ろす。

その頃には、大石も上田も恭一へ身体を向けていた。

「昨日、幸田先生何してました?」

「え?何?」

「テレビ見てました?」

「テレビ、ですか?」

あまりにざっくりとした質問だ。

だが二人の間では通じ合っているようで、恭一が来るまでも同じ話題ではなしていたのだろう。

曖昧に首を傾げる恭一に、大石も上田も素知らぬ顔だ。

「八時からのやつですよ」

「八時ならテレビは見てましたけど」

「ほら、この間もハリウッド女優特集面白かったって話してた番組の・・・タイトルなんだったっけ。とにかく、セレブ特集の」

「・・・あ」

「見ました?幸田先生」

「あー、はい。見ました」

曖昧だった笑みが、ぎこちないそれへと変わったと自分でもはっきりと分かった。

見たも何もない。

昨晩、無理を言い三城に早く帰って来て貰った「目的の用」こそが、それだ。

メインは彼でないと理解したうえで、どうしても見たかった番組。

毎週テーマを決めて世界のセレブリティ―を特集するその番組に、三城が出演していた。

終始仏頂面の画面の中の三城は、一晩経っても忘れられない。

けれど今ここで、恋人が出演していたなどと言える筈もなく、思わず頬が緩む恭一に、幸い大石も上田も気づきはしなかったようだ。

「やっぱ見たよな。すっげぇよな」

「ハリウッドとか言われると別世界って感じで、映画か何か見る感覚で見れたんだけどさ。昨日のは国内だっただろ。あぁいう人も居るんだなぁって、知ってた筈だけど改めて思った」

「思った、思った。最初の女社長もブッ飛んでて面白かったけど、二人目の外人、凄かったな」

胸が、ドキリと鳴る。

視線を定める場所が分からず、落ち着かない。

挟む言葉も当然のように見つけられず居心地が良いとは言えなかったが、話の続きを聞きたい気持ちが強くなっていく。

「だよな。コーナー枠も結構とられてたし、三人目の子供実業家が茶濁しに見えたな」

「な。俺も思った」

二人目――クラインのコーナーを見始めてものの数分、三城に隣から抱きしめられた。

一回目のCMの頃には身体を触られ、CM開けにはキスをされた。

それからなんだかんだと流され、一応はクラインのコーナーを終えるまでテレビの前には居たけれど内容は半分程度しか頭に入らなかったし、残りの時間がどのような人物の紹介だったのかは知らない。

ハードディスクレコーダーに録画はしているが、それ幸いと思われたのだろう。

三城は大人しくテレビを見せてくれず、時計の針が九時を回るよりも随分と前に、恭一は彼の誘いにより寝室のベッドの上に沈んでいた。

それこそ大石達に言える筈もないと、唇を笑みの形にしたまま硬く結ぶ。

その恭一の変化にも、会話に夢中な二人は気づかなかったようだ。

「それに、もう一人居た、副社長って人あれだろ?こないだ美咲と噂なった」

「え?そうなんだ?なんだ、結局話題作りか」

「どうなんだろうな。美咲ブログとか止めたんだろ?番組一個の話題作りの為にそこまでするか?」

「あー、そうか」

「・・・」

恭一は、真相を知っている。

大方を三城が説明してくれたと信じるなら、その分だけ知っている。

もちろん、どこのブログや会見、テレビ放送でも流れる事のない、事実だ。

つい口をついてしまいそうなそれを寸前で飲みこむ。

事実を伝えるか否か以前に、何故それを恭一が知っているのか、という説明をするのは大掛かり過ぎる。

「あっちの人はあんまり紹介なかったな」

「メインは社長の方だから仕方ないんじゃないか?でも、どっちにしたって俺らと変わらない年だよなぁ」

「良いスーツ着てたし、凄い時計もしてたよな。あんなもん、普段から付けられるってすげぇ神経」

「っ・・・」

咄嗟に、恭一の右手が左手首を握った。

スーツは、三城が着ている物よりも何ランクも下の物だと聞いている。

そうでないなら日常的に使用出来ないし、それでも恭一が自分で買っていた物よりも随分とハイクラスだ。

だが時計は、三城がつけている物と全く同じだ。

以前冗談半分で調べてしまったその価格は、確かに「凄」かった。

けれど三城に必ずつけるようにと言われ続け、もはや当たり前になっていたが、隣から掛けられた言葉に肩身が狭くなってゆく。

「それに外人と並んでも見劣りしないだけの身長とか身体とか顔とか。そりゃぁ女にもてるよな」

「なぁ。羨ましいっていうか、日本人でもやっぱり別世界だな」

「プライベートってどんなんなんだろうな。朝はカフェのモーニングで、昼はホテルのランチ、夜はどこそのレストランでディナーとか」

「だろうな」

朝は恭一の焼いた食パンと簡単な卵料理に、三城自ら淹れたコーヒーが定番。

昼は、今この机の上にもある恭一手作りの弁当と寸分変わらぬ物を食している筈だ。

華やかなプライベートを所有している面もあるが、決してそれだけでもない。

無意識の内に緩み切った頬になっていた恭一は、ぼんやりとしていたのだろう。

不意に聞こえてきた大石の声が、殊更大きく感じられた。

「そういやさ、俺あの人とどっかであった事ある気がするんだよな」

「・・・ぁ」

「マジで?別のテレビで見たとかじゃねぇのか?」

「だよな。俺あんな人と接点なんてないし。そうだとは思うんだけど、でもなぁー・・・」

大石の呟きと、上田の相槌に嫌な汗が背に流れた。

数か月前、ホテルのロビーで大石は三城と、そして北原とも会っている。

その時恭一は、三城とは誤解のさ中にあった為によく覚えている。

たった一瞬で言葉を交わさなかったのは幸いだった。

「まぁ、また会えたら胡麻でもすっとくよ」

「何の胡麻だよ」

「・・・」

「さぁな」

「なんだよそれ」

胡麻をすって通じる相手ではないと、それもまた口から飛び出る寸前で飲みこんだ。

これでもかと、乾いた笑みがあがる。

もう、何を言う言葉も思いつかない。

嘘を吐くのは苦手で、知っている事を知らないふりをして話すなど恭一には難しい芸当だ。

だがちょうどその時、チャイムが鳴り響き大石と上田の会話は途切れた。

「あ、会議だな」

「今日も一日頑張るか」

「で、ですね」

有り触れた日常が始まる。

それは恭一や大石や上田だけではなく、三城も同じくだ。

別世界の存在のようで、とても身近な存在。

それが恭一の大切な人だと伝えられないのは、少しだけ残念だ。

だがそれは、贅沢すぎる苦言なのだろう。

曖昧だった笑みを、自嘲に変える。

そうしてそれぞれが自席へと戻っていったのだった。




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