三城×幸田・お礼用SS
(クラインの出会い)



ホテルの広間では、立食パーティーが執り行われている。

着飾った男女がそれに見合うだけの笑みを浮かべ、手には皿やグラス。

どこかしこから品の良い笑い声が聞こえるフロアを、クラインは早足に歩いていた。

C&G社の設立記念パーティーは「身内だけで」という表向きが馬鹿げているとしか思えないほど盛大だ。

各国の支社や重要な取引先から出席者が集まり、祝いの言葉が延べられる。

主役であり社長の父親は、人好きのする笑みを返しているのを何度も目にした。

そしてクラインもまた、隙あらば祝辞を述べられようとしている。

それがあまり喜ばしくなく、逃げ回るように本来部下に任せてしかるべき雑用を手にしていた。

「・・・くだらない」

「何が」であるかなど口にも出来ない呟きが、無意識に漏れる。

この空間や、パーティーそのもの、何より自身を「社長の子息」としか見ない来客を、とてもくだらない存在に思えた。

子供の頃より決まっていた将来に悲観をした事はない。

忙しくしていた両親を恋しく思った事はあれど、実父の仕事ぶりは子供ながら尊敬し、その気持ちを持ち続けたまま今に至る。

父のようになりたいと、年を重ね世間を知り大人になればなる程感じているが、それは決して地位や権力やそういた事柄だけではなかった。

けれど、望まれるままC&G社に入ってみると、周囲のクラインを見る目はただただ「社長の息子」でしかない。

仕事をこなし、功績を上げ、実力さえ認めさせれば、人の見る目は変わると思っていた。

だからこそ入社以来がむしゃらに仕事をしてCMOまで上り詰めたが、しかしその肩書ですら、「社長の息子」だから与えられているのだと解釈をされているようだ。

それを、このような席であるとより一層見せ付けられる。

誰もクラインを一個人として見てなどいない。

当たり前のような事実だ。

だからだろうか、その姿を目にすると、クラインは考えるよりも先に足を向けていた。

「ハルミ、ハルミ。来てたんだね」

欧米人が大半の中で、目を惹く日本人が目に留まる。

身長はクラインと変わらない程あり、やけにスーツが似合う姿。

数年前、まだ彼が学生だった頃から交流のある三城は、決してクラインを「社長の息子」として接しなかった。

きっと彼にとっては、生まれ持った肩書など興味がないのだろう。

その彼自身も至極実力主義で、先日日本支社の部長職についたのだと父から聞いていた。

元はC&G社でアメリカ資本だとしても、未だ年功序列の風潮のある日本に置いて、異例のスピード出世だという。

それこそが、彼の実力なのだろう。

目の前の姿が、ゆっくりと足を止める。

そうして振り返ると彼は、無遠慮に眉間に皺を寄せてみせた。

「・・・なんだ、お前か」

片手にシャンパングラス。

ドレスシャツとタイ飾りが、さりげなくも彼を引き立てている。

愛想笑いばかりがどこかしこにあるこの場に随分と辟易としていた。

だからこそ、笑み一つ浮かべない彼に、クラインもまた張り付けていた笑みが消えスッと肩の力が抜けた。

「久しぶりに会ったというのにご挨拶だね」

「俺は然程、久しぶりだという気もしないがな」

「相変わらずだね」

「お前こそな」

そっけない三城の言葉は、学生の頃から変わらない。

お互いの地位や立場が今後より変わったとしても、この男だけは態度を変えないのだろうと根拠もなく思えた。

「そうだ。昇進したと聞いたよ。おめでとう」

「嫌味か?本社のCMO」

「とんでもない。本当ならハルミを直ぐにでも本社に呼びたいのだと社長も言っている。ただ、今の日本支社を見るとそうも言えないと・・・ぁ」

「分かっている。真に受けるな」

「いや、そうではなく・・・」

「どうした」

言葉を切ったのは、三城が遮ったからではない。

それまで、気にも留めなかった三城の隣が。

あまりに静かに佇むその姿を、見つけてしまったからだ。

「そちらは?」

随分と若い男が、三城の隣に居た。

日本人は若く見えると言うが、学生だと言われても納得をしてしまうそうな容貌だ。

だが、身に纏ったスーツは決して着られていると言った感じはなく、きちんと物にしている。

伸びた背筋と、何よりストレートの黒髪に、酷く目を奪われた。

「俺の部下で、営業よりもこちらが向いていそうだったから、秘書のように使っている」

「秘書の、ように?」

「秘書課勤務ではないからな。だがどこに在籍しているかは然程問題ではないだろう。周囲と、何より本人が納得をしているなら」

「いや・・・あぁ、いやそうだな」

「なんだ煮え切らないな。そっちと日本では勝手も違うんだ。レイズ、北原だ」

「北原直哉です」

その時、何を見たのか、何を感じたのか。

はっきりと言葉には言い表せない。

ただ、真っ直ぐ見つめ返す凛とした眼差しが、他の何とも違って見えた。

「あぁ、私はCMOのレイズ・クラインです」

笑みの一つも浮かべない直哉に、ふと、胸の中で何かが崩れる。

何処の誰であれ、どのような大勢の前であれ、もう忘れてしまっている緊張と言う物をたった一人の日本人の前で思い出した。

胸が、締め付けられ、表情も取り繕えない。

差し出した片手を直哉がそっと握り返すと、それが社交の為だとしても、触れ合った個所が熱く忘れられなくなった。

――それから一年と少し。

CMOの地位を捨て日本に飛んでいるなど、その時のクラインには想像もしていなかった。




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