ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(雪のお願い・前編)



夕方、赤星は丁度夕食頃に帰宅をした。

現在のターゲットは本屋のバイト女性。

過程が進めば夜も出かけなければならないだろうが、今のところは彼女の仕事中、それからその前後だけの接触だ。

その為時間的にも心身的にも余裕のある生活を送っていた。

「もう帰ってる・・・どころか、夕飯も出来てるな」

マンションをエレベーターから自宅玄関まで無意識のうちに早足となる。

単身者の多いらしいきマンションでは、これまで廊下で料理の香りが漂う事などなかった。

それがここ最近あるようになったのは、ただ雪が料理をしているからだ。

ふと、頬が緩む。

どこの誰にでも自慢して回りたい心境にすらなりながら、赤星は玄関の前で一つ呼吸を整えた。

そうしなければ、みっともない表情を浮かべていそうだ。

玄関扉を開錠をし部屋へと入る。

すると廊下へ漂っていた料理の香りは、より強くなった。

「シュエ、ただいま」

靴を脱ぎ玄関へ上がると、仕切扉の向こうからガタガタと音がする。

ゴトンと重そうな音さえしたのが気になっていると、程なくして、前髪をクリップであげた雪が赤星を出迎えた。

「おっおかえりなさい、浩介さん」

「ただいま。料理中だった?わざわざ出迎えなくても良いんだよ」

「大丈夫、大丈夫です。あの、お鍋、火、止めてて、それでもう、出来て」

「そう。なら良いんだけど。良い匂いだね」

「えっと、えっと・・・にくじゃがを、作ってみました。テレビで、やってて、あの・・・こ、浩介さん・・・浩介さんが、喜んで・・・」

「あぁ、なるほどね」

「好き、ですか?あの・・・男の人、好きってその・・・・」

根拠がどこにあるのかは別として、時代がいくつも流れているというのも別として、未だにくじゃがは家庭料理の代表格だというイメージがある。

作り方を知って調理しているあたり、料理番組でもあったのかもしれない。

何かのアンケートでは不人気であるという調査結果が出ているらしき事も知っているが、赤星としては「それを雪が理由を知った上で作った」事に意味がある。

頬を赤くする雪が愛しく、そっとそこを撫でる。

内心は緩みきりそうな面もちをなんとかこらえ、赤星は一度撫でただけで雪から手を離した。

「好きだよ、肉じゃが。というか、シュエが作ってくれるならなんでもね。楽しみだね」

「・・・あ」

「もう出来たんだ?じゃぁ着替えてこないとね」

玄関からリビングダイニングへと向かうと、良い香りは色濃く空腹を刺激する。

今は時刻も早く、アルコールを飲みながら雪の手料理を楽しむのも良い。

何とも言えない至福の時間だ。

寝室へ向かいながら赤星の好みでは決してないジャケットを脱ぎネクタイを外し、そうしていた時だ。

不意に背後から、雪が赤星のシャツを引いた。

「シュエ?」

「あ、あの」

「ん?どうした?」

「おっ・・・お話。あの、聞いてもらいたい事があって。あ、でも、その、そんな大変な事じゃなくて、大切な事でもなくて、でもえっと」

顔を赤らめたまま、雪が縺れる舌で懸命に話している。

眼差しは真っ直ぐで、それがやけに赤星の庇護欲を刺激した。

大変な事でも大切な事でもないと言う。

けれど雪を見ている限りは、そのどちらも当てはまるように思えた。

ならば、少なくとも雪にとっては、大切で大変な事なのだろう。

鼻腔を擽るのは、良いにくじゃがの香り。

ならば、たとえそれがどのような物であっても、今なら二つ返事で頷いてしまいそうだと、赤星は苦笑混じりに頷いた。

「なんだろうね。じゃぁ夕飯でも頂きながら聞こうか。それとも今が良い?それとも、その後にきちんと聞いた方がいいかな?」

「あっ後で、じゃなくてその、ご飯、食べながらで、良いです。そんな、大変じゃないから、浩介さんの時間、とっちゃだめです」

「なんだそれは。俺はシュエの為ならなんだって時間裂いて良いんだけどね」

「あ・・・」

「じゃ、さっさと着替えるよ」

雪の手が、シャツから離れていく。

少し下がったその眉から、雪の不安と、少しばかりの安堵を感じた。

未だに雪は何かを頼むのを躊躇ってばかりだ。

それを赤星は、辛いと思うよりも愛しいと思うようになっている。

雪は、いつまでたっても雪だ。

「あの、暖めて、きます。ごはんも、入れてきます」

「うん、ありがとう」

パタパタと足音を立て雪がキッチンへ向かう。

それの背を見送った赤星もまた、着替える為にと寝室へ入って行ったのだった。


 

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