ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(雪のお願い・後編)



ダイニングテーブルを囲み、赤星は雪と向かい合う。

指定席となったその前にはそれぞれの食器が並び、平皿や小鉢は揃いの物だが茶碗と箸だけは色違い。

テレビか何かで見たのだろう、それだけは個々にしなければならないというような認識が雪の中にあったようだ。

赤星愛用の茶碗に小盛り一杯。

雪愛用の茶碗には八分目。

そして揃いの湯飲みに熱い緑茶が注がれると、互いに両手を合わせた。

「頂きます」

「い、いただきます」

食事前の単なる挨拶だというのに、雪は必要以上に深く頭を下げる。

それもまたテレビか何かで「そうするものだ」と思いこんでいるのか、もしくは他の理由からか。

何にせよ、雪のその姿は可愛らしかった。

今晩の夕食のメニューは肉じゃがとじゃがいもの味噌汁と白米。

具材と汁という意味では被っているが、それを避けるべきだという概念が雪にはなく、赤星にしても指摘をするつもりもない。

「うん、おいしいね」

「ほ、ほんと、ですか?良かった。よかったです」

茶碗と箸を手にしたもののじっと赤星を見ていただけの雪は、その言葉にようやく一つ頷き箸を動かし始めた。

料理の反応一つが非常に気になるのだろう雪もまた可愛く映る。

水加減も絶妙の白米を口にする。

そうしてそれを咀嚼し終わるのを待ち、赤星は箸を止めないまま雪を見た。

「そういえば、話しって?」

「え?あっ、え、えっと」

「どうした?その分だと、頼み事かおねだりか、そんなとこかな」

雪は非常に顔に出やすい。

もしも言いたい事が悲しい事や腹立たしい事、もしくは嬉しい事であるならそういった表情をはっきりと浮かべている筈だ。

そうではなく困惑しながら口ごもるというのは、それも一種の答えだ。

小鉢の中からニンジンを摘まむ。

それを食べ終わり次に箸が向かいかけてようやく、声とも喘ぎとも、息切れにも聞こえるモノが聞こえた。

「う・・・あ・・・あの」

「ん?どうした?」

「あ、あの。あの・・・あの」

「うん?シュエも食べないと冷めるだろ」

「う、あぁ、はい」

雪は一度に複数の動作をするのが苦手だ。

話しながら食事は出来ないというのは知っているが、今日はまだ一口か二口しか進んでいない。

大抵の場合赤星は雪よりも圧倒的に早く食事を終えるが、今日も違わずそうなりそうだ。

「あの」

「うん」

「あの、えっと・・・・行きたいです」

箸をもはや握った雪が、その手をテーブルにつく。

唇を結び、眉を下げ、余程意を決したのだろうと容易く想像が出来る。

だが残念ながら、雪には決定的に足りない物がある。

「行きたい?何処に?」

「あ」

「シュエが行きたい場所なら行かせてあげたいけど、何処かを聞かずには頷けないかな」

危険な場所やいわくつきの場所、何より女性が接待をする系統の店、と考えてしまったのは単なる赤星の独占欲だ。

内心苦笑を漏らす。

まだ箸を握るしか出来ないらしき雪は、赤星の些細な変化など気が付いていない。

「ごめんなさい」

「それは良いんだけど。で、何処に?いつ?」

「今度の、日曜日です。三日・・・三日後、です」

「あぁそう。うん、その日も別に、特別用もなかったから大丈夫だけど、それで、何処に?」

「あっ、あぁ、はい。あの、え・・・映画、館。かん、です」

「映画館?」

雪が、コクコクと頷く。

その様子を眺めても、赤星はただ見返すしか出来なかった。

良い悪い以前に、物の理解がまだ追い付かない。

「見たい映画があるの?」

「僕じゃ、ないです」

「え?シュエじゃないって?」

「見たいのは友菜さんで、僕は知らないです。お、お、おばけが、わって。家、マンション・・・みたいな、えっと」

「あぁ、なんとなく分かった」

雪が言いたい事も、どの映画であるかも。

つまるところ、作業所の気の強い女性・友菜に誘われ映画に行くのだろう。

雪は内容も知らない、今話題の和性ホラーだ。

やはり雪の「言いたい事」は、重大で大切な事であり、なんてことのないものだ。

真剣な様子の雪に、笑みが漏れる。

どうしたところで、赤星にとっては愛らしい対象でしかない。

「それって、二人じゃないよね?」

「えっと、違います。野田さんと、皆元さんと、それから友菜さんのお母さんも一緒です。車・・・車じゃないと、友菜さん大変です」

「あぁ、車椅子だもんね」

会った事もない友菜は赤星にとってはただの女だが、同席するのは男二人と本人の母親。

暗がりの映画館に行くとしても、なんとも安全過ぎる取り合わせだ。

「分かった、行っておいで」

「良い、ですか?いいんですか?」

「何?シュエは反対して欲しかったの?」

「違います。行き・・・行きたい、です。でもえっと・・・」

本心としては手放しで喜べないところもある。

折角の週末、赤星としても雪を独占したい。

だが雪には雪の世界があるのだと、その為にも必要な事もあるのだと、十分に理解をしているつもりだ。

ならばここは、「寛容な男」を装う事も一つなのだろうと、無理にでも自分に言い聞かせた。

「それから、こづかいも俺が渡すから。分かった?」

「ぅあ・・・あぁ、はい。あの、あの、ありがとう、ございます」

「ほら、食べないと」

「は、はい。食べ、ます」

もはや冷めかけている肉じゃがに、雪が箸を伸ばす。

その面持は晴れ晴れと安堵しきっており、赤星に諦めと幾ばくかの満足感を与えたのだった。




 

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