三城×幸田・お礼用SS
(恭一の梅酒・後編)



恭一に腕を引かれ、三城はキッチンを出た。

いつになく急かす恭一だが、沙耶子が絡んでいるとありあまり良い予測は立たない。

つい、眉間に皺が寄る。

だがそのような三城の態度など気がつかないまま、恭一はダイニングテーブルの前で立ち止まった。

「見て、春海さん。これ」

「なんだ、これは・・・」

恭一が指さした、ダイニングテーブルの上に堂々と置かれた物。

片手で持つにはいささか重そうな、ガラスの瓶。

赤いプラスティック製の蓋がしっかりと閉められ、同じ素材で出来た持ち手が蓋の下を一周するよう固定されている。

透明なガラスには、半分程中身が入っている。

何だと問いながらも、それは見れば大方想像はつく。

だが上機嫌の恭一はそこに疑問を持たないまま、柔らかい髪を揺らしながら三城を振り返った。

「梅酒だよ。お義母さんに教わって漬けてみたんだ」

「・・・それでわざわざ、行ったのか?」

「うん。なんかね、紀州の梅を沢山頂いたんだって。それで僕にも、漬けないかって。すごく簡単だったよ。こんなに簡単に出来ちゃうんだって思うくらい」

恭一はどこまでも嬉しげだ。

それに水を差すのもどうかと思う。

しかし三城のつまらない部分が、同調をして喜んでやる気にはならなかった。

仕事上ではどこまでも合理主義で、相手を立たせる事も厭わない。

だがプライベートではつい、大人げのない本心がでてしまう。

「随分とした言い訳だ」

「言い訳?」

「それはわざわざ、恭一を呼び出してまでする事じゃないだろ。どうせなら、出来上がった物を送ってくれば良かったんだ。母さんは何本を漬けているんだろうし、兄さんのとこには出来た物を渡してる筈だ。恭一だけ呼び出してまで手伝わせる事なんてなかったんだ」

「え、でも僕は、手伝わされたなんて思ってないよ?僕のも漬けたんだし、それに」

「そうか?なら恭一は、自分の分だけしたのか?母さんの分も、なんだかんだと手伝ってたんじゃないのか?」

「それは・・・そりゃ、お義母さんの方が沢山作られていて、沢山色々しないといけないのに、僕の手が空いてたらお手伝いはするよ」

「ほらみろ。手伝っていたんじゃないか」

「でも、お義母さんは全部用意もしてくれてたんだし・・・お手伝いしたのも、全然嫌じゃなかったよ」

恭一の腕が三城から離れていくと、あれ程嬉々としていた面もちは今はどこか不満げだった。

恭一には恭一の感情があるのだから、不満があるのも当然だ。

だがそれを向けられるのは、自分勝手だと言われたとしても面白くはない。

唇を尖らせる恭一を見下ろす。

追い打ちを掛けるならばともかく、他に掛ける言葉は浮かばなかった。

三城の視線から逃れるよう、恭一が背を向ける。

表情の見えなくなったそこで、恭一は肩で息をついた。

「そっか、こんなの誰が漬けても一緒だよね」

「・・・恭一?」

「自分で漬けたお酒、春海さんに飲んでもらいたいなって思ってたんだけど、別にお義母さんが漬けても・・・ううん。お義母さんが漬けた方が、美味しいに決まってるよね」

「・・・ぁ」

指先で、ガラス瓶の蓋を撫でながら恭一が振り返る。

苦笑を浮かべるその面もちを見て、ようやく自分の失言に気がついた。

知らない間に沙耶子が恭一を呼び出していて、楽しみにしていた夕食は恭一の手料理ではなくて、恭一が沙耶子との時間を楽しげに話していて。

それらが三城の中でつまらないと蓄積され、大切な物が見えていなかったようだ。

「・・・同じなわけが、ないだろ」

「え、春海さ・・・ぁ」

恭一の背へ、咄嗟に後ろから両腕を回した。

自分よりも細い腕も胸も、何度抱いても頼りなく感じる。

顔を見られたくはなく十センチ低い恭一の頭に額を預けると、三城の腕の中で恭一は小さく身をよじろうとした。

「春海さん?春海さん急にどうしたの?」

「いや・・・恭一の手作りだと思い出しただけだ」

「へ?」

「楽しみだな、恭一の漬けた梅酒」

「え?あ、うん。春海さんも楽しみにしてくれる?だったら嬉しいんだけど」

一瞬のうちの心境の変化は、気恥ずかしくて詳細の説明など出来ない。

それに恭一は疑問を残しているようであるが、深く追求をして来なかったのは幸いだ。

「どれぐらいで飲めるんだ?」

「四ヶ月くらいだって。一年とかもっと寝かせても良いみたいだけど」

「そうか。つまみも恭一が作ってくれるんだろ?」

「うん、作るよ。どんなのが合うか調べておくね」

「尚更、楽しみだ」

恭一が作ったものと他者が作って物では、その物が同じであっても全くの別物だ。

ダイニングテーブルに乗るありふれたガラス瓶すら、今なら特別に見えた。

休日に恭一を呼びだした沙耶子を恨めしく感じたのは事実。

だが、恭一にそれを作らせた沙耶子に、今なら柄にもない感謝を感じたのだった。






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