三城×幸田・お礼用SS
(クラインの想い)



日本に来て三ヶ月。

生活が日常となって来る。

来日は初めてではなく、言葉や文化に戸惑いは少ない。

望んで来た国、土地。

本社の幹部という地位を捨てた事にも後悔はしていない。

ビジネスでは優秀だと学生の頃から知っている男が部下となり、プライベートでは数年前から焦がれていた人物と恋人関係にも成れた。

恵まれた環境だ。

だが、個人個人としては絶対の信頼を置いている二人に対し、自分を抜いた間、彼ら同士の関係と言う意味では、些か幸福ばかりでもなかった。

「ハルミ、仕事は終わったかな?」

定時を二時間越えた頃、クラインは自身の職務室の廊下に面していない扉を開けた。

メイン出入り口の、重い両開きの扉とは異なる至って一般的なサイズと重さの扉。

左右にあるそれらは、一つは給湯室に通じ、そしてもう一つは此処・副支社長室へと通じている。

自身の執務室よりも一回り小さなそこへノックもそこそこに顔を覗かせると、エグゼクティブデスクに座る三城がさも嫌そうな顔を上げた。

「またか」

「また?何かあったかな?」

「毎日毎日、この時間になったら来るのを止めろと言っているだろ」

「そうだね。けれど帰りの挨拶くらい、させてほしいとも言っている筈だ」

「帰りの挨拶?帰りもしないくせによく言う。いい加減にしろ」

部下である筈の三城は、けれどそのような素振りを少しも見せずに吐き捨てた。

これもまた日常だ。

以前、まだアメリカと日本で離れており、三城が出張で本社に訪れた時にだけ顔を合わしていた頃は、所属する部署が違った事もありもっと丁寧な対応であった気がする。

あの頃は本社のCMOと日本支社の一部長で、立場も違い過ぎたからという可能性もある。

だが三城の変化の理由がもっと別であるだろう事は、目を反らしても反らしきれない。

「悪いが、まだ俺は帰らない」

「そのようだね」

「夕食は仕事のきりがついてからとる予定だ」

「つまり、いつになるか分からない、と」

「そうだ。どうせそれが目当てなのだろ。待とうが帰ろうが俺には関係がないが、邪魔をするな。待つなら自分の部屋で待て」

「それだけ、ってわけでもないのだけれどね。ねぇ、ナオヤ」

三城のデスクの脇に立つ直哉が、クラインへ顔を上げた。

ポーカーフェイスと言えば聞こえが良いが、すまし顔の直哉から感情を伺える場面は少ない。

一日働いた後とは思えない隙のない装いと振る舞い。

髪一つ乱さない直哉が、静かに瞼を伏せた。

「北原に話を振るな。板挟みで答えられないくらい分かっているだろ」

「あぁ今はまだ、ナオヤは仕事中だったね」

「俺もだ。だいたい、何故上司であるお前の方が先に仕事が終わっているんだ」

「日本人は働き過ぎだよ。オンとオフは分けなければ」

しゃぁしゃあと言ってのけるクラインに、三城は胡乱な眼差しを向ける。

そうしながらも何かを諦めたのか、ため息を一つつき煙草に触れた。

「悪いが性分だ」

「知っているよ」

「だったら諦めろ」

「それも分かっている。私は何も、ハルミに早く仕事を終えるように言いに来たわけじゃない。ただ、様子を見に来ただけだよ」

「そうか。ならもう見ただろ。お前が来た事で手が止まった。ロスが出た。その分帰宅も遅くなる。分かったら自分の部屋に行ってろ」

「そのようだね。でも・・・たった五分のロスなら待てるよ。それより、大切な事もあるんだ」

煙草を吸う三城を眺めながら、独り言のように呟く。

毎日毎日、同じやり取りを繰り返してもこの部屋に来てしまうのは、ただ帰宅を急かす為ではない。

「じゃぁ、隣で待つとしよう。そういう事だからね、ナオヤ」

「は・・・はい。支社長、お疲れ様です」

「それも後でね」

じっとりと、何か言いたげに三城が目線を寄越す。

けれどもう何も言わないまま、クラインは自室へと続く扉に手をかけた。

恋し焦がれた恋人が、隣の部屋に居る。

けれどそれは、彼が憧れていた男と二人きり。

そのような日々をただ心穏やかに暮らせるかと言うと、なかなかに厳しいものだ。

三城と直哉が並んでいる場面を見るだけでも面白くない。

目で合図を送りあっているのも、簡略した言葉のやりとりで通じ合っているのも、付き合いの長さを見せつけられる会話も面白くない。

そこに持つ感情は、どう考えても嫉妬だ。

醜く歓迎の出来ない想い。

そんな物を持ったのは、後にも先にも直哉ただ一人だ。

「ナオヤは、きっと気が付いていないのだろうね。本当にただ帰宅を待っているだけのだと、いっそ鬱陶しいと思っているかもしれない」

追い出されるよう自室に戻り、苦笑が漏れる。

社員の減ったこのビル内で、二人が何をしているのか気になって仕方がないなど、仕事も手につかなくなるなど、易々と口には出来ない。

言ったところで、直哉を困惑させ不愉快にさせるだけだろう。

直哉に嫌われたくはなるものか。

ようやく、地位や様々な物を捨てて手に入れたのだから、手放すつもりなどはない。

けれど駆られてしまう喜ばしくない感情は、直哉を欲すれば欲する程に強くなってしまう。

「優秀で、容姿も良い部下を持つのも考え物だな」

今見たばかりの顔を、既に恋しく求めてしまう。

水橋を帰らせたオフィス。

一人きりの部屋で、二人きりの隣室に思いを馳せる。

もう何晩もこうして過ごしたけれど、それでも胸に浮かぶ嫉妬を収めるなど出来ない。

ソファーへ腰を降ろしたクラインは、持て余す感情をどうにも出来ないまま、ただ時間の流れを待ったのだった。





+目次+