ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(怖がる雪)


作業所から帰った雪は、赤星が帰宅するまで自宅で一人だ。

以前は一日中家に一人で居たし、それ自体に不満はない。

マンションの一室であるこの家には、当然のように壁も屋根も明かりもある。

食べ物も飲み物も自由であるし、テレビや本を読んでも良い。

赤星に渡された携帯電話では、ゲームも出来るのだと最近知った。

落ちてくるブロック状の物を横一列に並べて消すというゲームをしたが、あまり思うようには進まなかった。

満ち足りている。

贅沢過ぎると自覚のある日々を送り、誰の怒気に恐れる事もない。

赤星が居るならそれにこした事はないと思いながらも、彼も仕事であると理解しているので我が儘を言うつもりはない。

否、なかった。

数日前までは仕事故に帰宅しない赤星を、仕方がないと思える事が出来ていたが、どうにもここ数日はそう思い切れないところがあった。

「・・・浩介さん、まだかなぁ・・・」

夕方も早い時間に帰宅し、一旦部屋に帰った後特に何をするでもなく、部屋を一周見渡して一息だけをつくと再び部屋を出る。

そうして近くのスーパーマーケットに向かい、食事の材料を揃え、戻って支度をするというのが雪の生活だ。

買ってきたばかりの豆腐を小さく切り、お湯を沸かした鍋の中に入れる。

四日前に3個入りで購入し残っていたジャガイモを一つ、ピーラーを使い不器用な手つきで剥いていく。

以前は包丁で剥いていたが、不器用で危なっかしい手つきでそうするものだから、見かねたのか赤星が最新式のピーラーを買ってくれた。

スティック状のそれは、刃に指も手も触れる事無く、怪我をする可能性は低そうだ。

のそのそとしながらジャガイモ一つを十分な時間をかけて剥く。

ようやく剥き終わり、ジャガイモとピーラーをまな板に戻そうとした。

だがその前だ。

唐突に、背後でガタッと大きな音が立った。

「ヒッ・・・」

反射的に肩が大きく上下する。

今この家に、雪しかいない。

「な・・・なんの、音だろ?でも・・・よく、あるよね」

そっと、ピーラーとジャガイモをまな板に乗せる。

冷静に考えれば、その物音は大して大きくなかったやもしれない。

そのうえ、重力で徐々に物が落ちるというのは、日常的にある事だ。

一人で居るからといって、自分が立てる以外の音が存在しない訳ではない。

「えっと、そう。じゃがいも、切らないと。短冊・・・短冊」

頭を振り、気持ちを入れ替える。

独り言を呟きながら、包丁スタンドから小降りのそれを取り出した。

黒い柄のそれはしっくりと手に馴染む。

ジャガイモをまな板に押しつけ、包丁を握りなおした。

「えっと、まず半分・・・ヒッ」

しかしジャガイモに刃を当てた矢先、壁越しにくぐもった無機質な機械音が聞こえ、雪は咄嗟に包丁をまな板の上に置いた。

「っ・・・あ、そうだ。洗濯機・・・洗濯機が、終わった音だ」

急激に高鳴った心臓を、空いた両手で押さえる。

音のした方を見ると、毎日聞いている筈の音の正体を理解し、大きく肩で息を付いた。

以前はそうではなかったがここ数日、先日の日曜日から今のようになってしまった。

それは、友奈達と映画を見に行った後だ。

友奈が望みであり、友奈一人に押し切られるように見に行った映画。

団地をテーマにしたそれは、邦画のホラー映画だった。

ホラー映画であるというのは始めから聞いてはいた。

だが、映画館で映画を見る自体初めてで、テレビのロードショーでしか映画というものを知らない雪は、ホラー映画がどのような物であるのかあまり理解をしていなかった。

映画自体も、とても怖かった。

だがそれ以上に、一人きりの家に恐怖を感じるようになった。

「浩介さん・・・早く帰ってこないかな・・・」

言ってはいけないと思いながらもつい、ため息と共に口をつく。

赤星は仕事。

我が儘など当然言えないし言わないが、本心としては確実にある。

丁寧に一つずつジャガイモを切っていく。

切り終わると、それを既に豆腐の浮く鍋の中に湯が跳ねないように入れた。

「えっと、次は・・・」

「豆腐よりジャガイモを先に煮た方がいいかもね」

「ヒッ・・・」

唐突にかけられた声に、背に震えが走った。

今この家には雪しかいない筈で、恐怖が恐怖を誘う。

さも悲痛な声を上げ動くに動けないでいると、背後から肩を捕まれた。

「ウッア・・・」

「シュエ?シュエ?どうしたんだ?」

「ひ・・・あ、あぁ・・・浩介、さん」

「今日は出迎えがないから忙しいのかと思ってたけど、気づいてなかった?」

耳元で声を潜められ、顔をのぞき込まれる。

そこに居るのは、どこからどう見ても、この家のもう一人の住人・赤星だ。

さも不思議そうにする彼に、こわばっていく身体の力が抜けていった。

「昨日からインターフォンの調子悪いから、下で鍵開けた音も鳴らなかったのかな。業者呼ばないとね」

まじまじと、上から下まで赤星を眺める。

まだ心臓が鼓動を上げていた。

だがそれは、緊張や興奮や、そういった所から来る物ではなさそうだ。

「浩介さん、です」

「ん?そうだけどどうした?」

「浩介さんが、帰ってきてくれて、凄く嬉しいです」

胸で息をつき、唇の端がつりあがる。

赤星が好き。

だが今はそれに加えて、これでもかという安堵感があるからこそ、そこに居る彼が嬉しくなった。

ふと手を見ると、ジャガイモの汁がついた手を水道水でいそいそと洗い、料理の手を完全に止めた雪は柔らかく笑みを浮かべる赤星へと抱きついた。




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