ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(ネクタイの行方)


カジュアルスタイルでも入店出来るイタリアンレストラン。

普段よりもやや綺麗めカットソーと細身のジーンズ姿で、翼は安堂と向かい合いテーブルについていた。

「凄く、美味しかったです」

「そうか」

「また来たいです。気になるメニューが他にもあるし、お店の雰囲気も素敵。今度はプライベートの・・・時間に余裕のある時にゆっくり来たいですね」

空になった皿の上でフォークを置く。

白い平皿の置くにある、一足先に食事を終えた安堂と同時に運ばせたコーヒーカップに指をかけた。

互いの想いを通じ合わせた週末から五日。

平日の夜、出勤前の翼は同伴という名の元、安堂と初めてのデートをしていた。

「でも本当、いつもより早い時間にすみません」

「ノルマがあるんだろ。気にするな」

「そうなんです。クリアは出来るとは思うんですけど、早いうちに越えておいた方が良いかなって」

指名や売り上げにノルマがあるように、同伴の回数にもノルマがある。

加えて、同伴をした場合にも自分にバックが返って来るので、同伴はこなした方が良い。

だが今ここに安堂を呼んだのは、そのようなノルマやポイントの為だけではない。

そんなものは、所詮言い訳だ。

良い温度に冷めたコーヒーを口にする。

砂糖は一つ、コーヒーミルクは二つ。

熱いうちに混ぜておいたそれらは、良い具合に混ざっていた。

「頼るなら、頼れ」

「ありがとうございます。でも、それだけじゃないんです。お店で渡しても良かったし、週末まで待っても良いかなとも思ったんですけど。翔一さんには、プライベートな時間できちんとしたくて」

ただの、出勤前の時間帯にデート。

その後にたまたま安堂が店に来てくれるというので、それが同伴であると名を変えただけだ。

一口飲んだだけのコーヒーカップをソサーに戻す。

そうして翼はいそいそと、隣の椅子の上に置いていた紙袋の内、細長いそれを手に取った。

「あの、大した物じゃないんですけど。っていうか、ありふれたっていうかベタっていうか。気持ちだけ、っていう感じなんですけど」

半月程前に購入し、安堂に渡そうとしていた物。

けれどなんだかんだとあり叶わなかったその紙袋を、翼は言い訳がましく口にしながら安堂へ渡した。

「俺にか?」

「はい。一応、いえちゃんと、安堂さんの事考えながら選んだんですけど。今時ネクタイだなんて、ださいって菖蒲ちゃんに言われたりして」

「何故だ?」

「え?理由ですか?いつも、沢山プレゼントを頂いたお礼です。それから、ナンバーワンにもさせてもらったお礼。それと、私の気持ち。あ、でも、それにしたらほんと、何も気の利いた物じゃないんですけど・・・ぁ」

安堂が、翼の差し出した包装紙に包まれた箱を受け取る。

視線が安堂へと吸い寄せられる中、彼は丁寧な手つきで、細長いその包装を解いた。

「翔一さん?」

ブランドロゴの刻まれた包装紙を解き、かさばらない程度に簡単に畳むとテーブルの端に置く。

そうして箱を丁寧にテーブルに戻すと、彼はジャケットのボタンを外した。

「・・・え」

彼が何をしようとしているのか、分かった。

だからこそ余計に身動きが取れなくなる。

ジャケットを肌蹴させ、首元を彩るネクタイをあっさりと外す。

そうして安堂は、今し方まで結ばれていたそれをさも興味なさげに、使用済みの包装紙の上に置いた。

紙箱の蓋を開け、真新しいネクタイをそこから取り上げ首へと回す。

半月ぶりに見るネクタイが、慣れた手つきで安堂の首に結ばれていく。

手が覚えているとばかりのネクタイを結ぶ仕草はとても綺麗で、感情の読みとりづらい面もちが今が当然の出来事のように感じさせた。

最後に引き締め、安堂はそこから手を離す。

「・・・翔一さん」

選択がださいと言われた。

翼自身、もう少し気の利いたセレクトが出来ればと思っていた。

けれど、これはこれで決して間違っていたわけではなさそうだ。

呆然と見つめていたところからふと頬が緩むと、翼は反射的にテーブルに手を付き立ち上がった。

「少し、曲がってます」

「翼」

「でも、お似合いになって良かった」

四人掛けのテーブルを回り、安堂の前まで向かう。

本当は、ネクタイなど殆ど曲がっていなかった。

そんなものは言い訳で、本心はただ彼に、送ったばかりのそれに、触れたかっただけだ。

身を屈めると、つけ爪の彩られた指先でネクタイのノットに触れる。

彼の耳元で囁いた言葉は、あまりに小さくてきちんと届いたのか不確かだ。

けれどそれで良い。

申し訳程度ネクタイを直すと、翼は席に戻るため踵を返した。

しかし、ヒールの足を踏み出す前に、腕を安堂に捕まれた。

「ありがとう」

「え?あ、はい。あの・・・はい」

たったそれだけ。

その一言だけで、安堂の手は離れていき、それ以上何を言われる事もない。

けれど翼の胸は、これでもかという満足感が、溢れては幸福で満たされていった。




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