三城×幸田・お礼用SS
(渋滞の三城)



八月の半ば。

世の中が盆休みである真ん中に、恭一は三城と共に両親の墓参りに出向いていた。

自身の身内の墓参りなど必要ないという三城の一方、両親が既に鬼籍の人となっている恭一はそうも言っていられない。

とはいえ、整備の行き届いた霊園でする事など限られているうえに、今年は記録的な猛暑で炎天下に止まるのも苦しい。

そうして、気持ちを込めて手を合わせたのもつかの間、あっさりと帰路についていた。

「あーぁ、すっかり渋滞に引っかかっちゃったね。もしかしてもう帰省ラッシュとかかな?」

左側ハンドルの右側の助手席に座り、恭一は首を傾げて進行方向を眺めた。

頭上に掛かる電光掲示板には、向こう35kmの渋滞だと表示されている。

ふと見たカーナビゲーションでも同じくで、画面上の地図は渋滞を示す赤色で塗り尽くされていた。

「もう三十分はこうしてるけど、後一時間くらい続くかな。・・・ねぇ、春海さん」

特に意識をしていなかった言葉は、独り言と言えば独り言だ。

しかし音楽もラジオも掛からない二人きりの車内。

隣りでハンドルを握る相手に、返事の一つや二つを期待してしまうのはありふれた事だろう。

フロントガラスから前を覗いていた恭一が、顔を横に向ける。

運転席ではハンドルに肘を預けた三城が、不機嫌を少しも隠さない顔をしていた。

「そうだな」

「でも、仕方ないよね。皆考える事は一緒だろうし」

「そうだな」

「でも良かったね、夕方で。これが真っ昼間だったら、もっと辛かっただろうね。今日も凄く暑かったし、これだけ車があったら、余計に暑そうだよね」

「そうだな」

「・・・」

先程から、何と話し掛けたところでこの調子だ。

気のない返答は、いっそ話しかけるなと言わんばかりだ。

恭一としては、会話すらなければ余計に時間の経過を長く感じるのではないかと思う。

だが話し掛けたのが気に入らなかったのかその内用か、三城は殊更機嫌を悪くなる気がした。

「渋滞終わったら下道だよね。そしたら晩ご飯食べるのに良い時間になるね。春海さんが連れて行ってくれるレストラン楽しみ。初めて行くところなんだよね」

「そうだな・・・だが、それもいつになる事か」

「そうなんだけど」

「どこの馬鹿か知らないが、交通ルールと標準的な運転テクニックがあれば事故など起こせる筈もない。ここには、酔っぱらった通行人もいないだろうしな」

三城から「そうだな」以外の返答が帰ってきた。

だがそれは、あまりに刺々しい。

「酔っぱらった通行人」であったところの恭一が、意味を理解して一瞬唇を尖らせる。

けれど反論を出来る余地もなく、シートに背を預けるよう座り直した。

「そんなに、機嫌悪くしないでよ」

「機嫌悪くなどしていない」

「嘘。凄く悪いじゃないか。そりゃ、渋滞でイライラするのも分かるけど」

「していないと言っているだろ。渋滞は仕方がないんだろ?だったら恭一も静かにしていろ」

とりつく島もないとばかりに三城が言い捨てる。

たかだか渋滞程度で毎度彼が苛立つわけではないが、今日のそれは疲労から来るものなのだろう。

動けない上に気を抜けない状況と疲れが重なれば、楽しい気持ちでなくなるのも分からなくもない。

昨晩三城は仕事で帰宅が遅く、今日も出発間際までパソコンに向かっていたと知っている。

寝不足なのも、恭一の為だけに貴重な休日を裂いてくれているのも理解しているので、不機嫌を見せられても感謝は大きい。

けれど、だからこそ今を違った時間の使い方をしたいというのは、考え方の違いなのだろう。

「僕は・・・渋滞でも気にならないのにな」

「それは恭一がハンドルを握っていないからだろ」

「それもあるけど。それだけじゃなくって」

「他に何がある」

「渋滞でも、二人きりっていうのは変わらないから。これもデート、だよね」

眉を下げながら、恭一は三城を振り返る。
 
今も、デート。

デートとは決して、ショッピングや行楽地やレストランだけではない。

動かない車内でじっと三城を眺める。

そうしていると、車が少しだけ進んだ。

「恭一らしい考え方だ」

「・・・春海さん」

「俺にはないものだが、それも悪くない」

たった数メートルだけ進んだ車は、すぐにブレーキがかかる。

ハンドルを握ったまま振り返った三城は、あれ程不機嫌そうにしていたというのに今は口元に笑みを浮かべていた。

心から納得したのかは分からないし、彼の疲労や張り詰めた気が解かれたわけではない。

それでも、三城が笑ってくれたから。

ピリピリとしていたばかりの空気が、和らいでいく。

「レストランの予約に間に合わずキャンセルになるかもしれないと危惧していたが、考えても仕方がないな」

「え?レストラン?」

「デートと言うなら俺のメインはそれだからな。覚えていないだろうが、以前恭一が旨そうだとテレビを見て言っていた店だ」

「そう、なんだ・・・え、疲れてるからとかじゃなくて?」

「疲れ?特別疲れてもいないつもりだが。恭一にはそう見えるのか?」

「見えるっていうか・・・昨日も夜遅かったし、朝も早かったし・・・」

「今日を休むために、普段より少し遅くなっただけだ。朝は平日と変わらないだろ」

「そうだけど」

「一人で寝て過ごすより、余程有意義だと思っているがな」

もう恭一を見もしないまま、三城は呟くように言う。

それがあまりにサラリと口にするから。

恭一の好きな彼の横顔を見せられ、胸が、熱く締め付けられた。

「楽しみだね、レストラン。でも、春海さんと一緒なら、何でもきっと美味しいよ」

三城は狡い。

いつでも恭一の事を考えてくれていると感じてしまうから、それだけで嬉しくて仕方がなくなる。

もはや先程までの三城の不機嫌そうな顔は思い出せそうにない。

覗き込むように三城を見つめる。

そうして恭一は、ただハンドルに添えられていただけの彼の右手を、そっと握ったのだった。





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