ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(翼の客)


明日は安堂と約束をしている。

つまるところ、今日は安堂が来店しない日である、深夜前。

指名が二名被っているだけの落ち着いた店内で、翼は退席していた席へ戻った。

「ごめんなさいねぇ。お待たせしちゃって」

「いやそれは良いんだけどさ。櫻子も人気なったもんな」

「ありがとぉ。おかげさまでねぇ、なんかナンバーワンなっちゃったし。一生に一回かも、とか思ってるの。だから、今だけお祝いして」

さも軽い口調で告げ、席を立つ際に空にしたグラスに氷と水そしてアルコールを注ぐ。

喋るのとアルコールを飲むのが仕事のようなものだ。

お馴染みの言葉を並べ立て、二度目の乾杯を告げてウィスキーの水割りを喉に流し込んだ。

ナンバーワンという称号は、ただそれだけで人を引きつけるようだ。

何も分からない新規の客ならば余計に、良い物のように思えるのかも知れない。

ナンバーワンになったからこそ、新たな顧客も増え余計に売り上げも伸びた。

だが現在隣につく男は、そうではない。

「どぉしたんですか?なんか、暗い顔しちゃって?悩みですか?」

わざとらしい仕草で男の顔をのぞき込む。

年齢は二十代後半。

元からニューハーフが好きだったらしく、三年前、櫻子が働き始めた頃から指名をしてくれていた人物だ。

当時は彼も二十代半ば。

あまり安いとはいえないフロント・ユーに通える辺り、単なる会社員ではないだろうとは思っていた。

そのうえ職業を聞いても曖昧に濁すのでそれ以上は聞かなかったが、それも答えの一つなのだろうと考えている。

「賢治さん、どうしたんですか?とりあえずお酒飲んで・・・」

喋るのと酒を飲むのがホステスの仕事ならば、いかなる愚痴を聞くのも仕事の一つだと考えている。

互いの距離を積めるよう寄り添って座る。

顔を覗き込もうとする翼に、賢治は難しい顔をした。

「本当、なのか?」

「え?何がですか?悩みを聞くっていう?それなら・・・」

「そうじゃねぇよ。櫻子が・・・・櫻子が、『龍成会の安堂の手つきになった』って」

「・・・あ」

まるで嘆くような声だった。

元から暗かった表情を殊更暗くし、けれどその眼差しは真っ直ぐ翼に突き刺す。

嘘をつこうと思えば容易につけた。

だがそれは誰の為にもならないと、考えなくても分かる。

公に公言をして回っているわけではないが、安堂に交際を隠さなくて良いと言ったのは翼だ。

どのみち、人の口に戸は立てられないのだから、いずれ知られてしまうだろう。

「本当ですよ。ずっと通ってくださってて。ヤクザだけど、良い人なんです。それに――」

「知ってる。安堂代行付きには、俺も良くしてもらってる」

「え?安堂さんを知ってるんですか?」

「・・・知ってるも何も、俺も龍成会の構成員だからな」

「そう、なんですか」

言うだけ言うと、賢治は手の中のグラスを大きく煽った。

一見して、賢治はヤクザやチンピラには見えない。

いつもそれなりのスーツをそれなりに着ているので、裏社会に精通していたとしてもブラック企業の関係者か何か、そういう職なのだと思っていた。

まさか安堂の舎弟に当たるなどと、考えもしなかっただけに驚いた。

「俺はさ、ヤクザなんて言ったら粋がって思われるんじゃねぇかって、櫻子に引かれるんじゃねぇかって思ってたんだ・・・だってのに」

「賢治さん」

「ずっと通ってたって、安堂代行付きが通い出したのってここ数ヶ月だろ?俺はもう何年も、櫻子一筋で通ってたのによ・・・」

翼に言うというよりも、まるで独り言だ。

吐き出すようなその言葉に、少しばかり胸が締め付けられた。

好意を向けられるのは、慣れていると言えばそうだ。

むしろ、そうさせられなくてはこの仕事は成り立たない。

「そりゃな、櫻子はめちゃくちゃ可愛いし、誰が好きになっても仕方ねぇって思うんだけどよ。それに最近ますます綺麗になって、ちんこついてんのも忘れそうになるくらいなんだけどよ。でも、どこの男より女よりオカマより一番可愛くってな」

「ありがとうございます。そんな誉められちゃったら照れる・・・」

「俺は本気で言ってんだって。だから、だから俺も、一端になってからって思ってたのに・・・・」

「・・・賢治さん」

翼とて、ちゃかしたつもりはない。

だが、受け入れるわけには当然いかず、かといって切り捨てる事も出来ない。

手の中でグラスの滴が漏れる。

だが翼が笑顔の奥で言葉を探していると、隣で賢治が深いため息を吐き出した。

「安堂、代行付きか・・・・」

「・・・」

「でもまぁ・・・他のしょうもない男にかっさられるより、良いよな、絶対」

「賢治さん?」

「安堂代行付きがすっげぇ良い男だってのは俺も知ってるし。そのへんのホステスだって狙ってるの知ってるし。顔もだけど、何より中身がすげぇ男前だし」

「・・・そう、なんですか?」

「なんだよ櫻子。お前分かってねぇのか?」

「分かって・・・、るとは、思うんですけど、えっと・・・・」

急激な動作でガバリと顔を上げた賢治は、先ほどまでの暗い顔とは違った真剣な面もちで翼を眺めた。

その眼差しに咄嗟にたじたじとなる。

けれどそのような翼の動作になど気にもしないようだ。

「あぁもう、すっげぇ悔しい。櫻子手に入れた安堂代行付きも、安堂代行付き手に入れた櫻子も。でも、両方嫌いになれねぇんだよなぁ。クソッ」

「賢治さん?大丈夫ですか?」

「やっべぇよな。櫻子が可愛過ぎんだよなぁ。ちんこ付いてんのによ」

「・・・それ、そんなに何回も言わないでくださいよ。付いてるけど」

賢治がグラスをドンと置く。

空になったそこへ、翼はすかさず新たなアルコールを継ぎ足した。

ふとみたボトルは、今日卸したばかりだというのに半分以下に減っている。

「・・・相当、酔ってただけか」

唇の中で呟いた翼の言葉など賢治には届いていないようだ。

アルコールと水を混ぜたマドラーをグラスから引き抜く。

その途端グラスを掻っ攫って行った賢治は、それを一気に半分ほど飲み干したのだった。





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