ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(飲み代80万・1)


社会人ともなると、「乗り気である」か「乗り気でないか」というだけで選べない事柄は多くある。

VALORE社・Effective部。

新設部署の為一応は同僚全てが横並びであるという建前は存在するが、それでも入社時期で先輩・後輩は存在する。

その上、以前居た営業部にて完全なる先輩であった人物であれば尚の事。

誘われた飲みを断れないまま、暁は初めて入った店でグラスを傾けていた。

「今の仕事、やりがいはあるんやけどなぁ。何っていうか、まだシステムガタガタっていうか」

「はぁ・・・まぁ、そうですよね」

「経営陣が設けた部署らしいけど、焦りすぎやんなぁ。あれでいける思ったんか知らんけど。誰か止めるもんおらんかったんか、って思うわほんま」

「いや・・・それはどうなんでしょうね」

止める者は、居た。

だが、その忠告を聞かない独裁社長が居た。

ただその社長の自己満足の為に、いっそ会社全体が振り回されている。

そしてその「自己満足」の原因が、きっと目の前に居る自分である。

決して公にはならない事実を心の中で反芻し、暁は曖昧に笑った。

定時で終わった仕事の後、前部署からの先輩である・菅と飲みに来て二軒目。

一軒目は食事がメインだった為、安くて有名な焼鳥屋チェーン店で飲んだ。

二軒目のここは、ブラブラと歩いている最中に勧誘されて入った、古びたビルの地下にある古びたバーだ。

洒落ているというよりもただ照明が切れただけのような薄暗さ。

店内には暁と菅、それからやる気のなさそうな無愛想なバーテンダーが一人。

スナック菓子の突き出しと、瓶ビール。

どう好意的に見たところで、あまり良い印象のない店だった。

先輩・後輩という関係上断り辛い物事は多くある。

今日にしてみれば、飲みに来たそのものではなくこの店に入った事だ。

出来るならばもう少し明るい印象の店が良かったが、もうどうしようもない。

「今日もなぁ、開発部に行った時にな・・・」

愚痴をさかなに、菅の飲むペースは早くなる。

どんどんと背がまるまり酔いが回っていると見て取れる菅に、暁はむしろ酔いが冷めていった。

今ここで二人とも酔っていてはいけない。

味も分からなくなった瓶ビールを、舐める程度飲む。

「――だってなぁ。俺らやって手探りやっての」

「そろそろ、帰りませんか?終電とかもあるし、菅さん家遠かったですよね?」

ふと袖口から覗いた腕時計を見ると、二軒目のここに入ってから一時間半が経っていると分かった。

その間一切人の出入りのない店内にも不信感が起こる。

暁達をここへ誘った軽いのりの男も、暁達を店に入れるだけ入れると出て行きそれっきりだ。

「帰りましょう。とりあえず、帰りましょう」

「あ?あぁーそうかぁ?」

「明日も朝一番にその開発部に呼ばれてるって言ってたじゃないですか。あんまり酔ってると、ね?」

「そぉやなぁ。なんせ緒俺らは期待のエリートでぇ」

「そうです、そうです。――すみません、お会計」

明らかに酔っている口調の菅を、適当にあしらう。

一々相手をしていても埒があかないのは、考えなくても分かった。

菅をカウンターに伏せさせ、スツールから立ち上がると財布を取り出す。

一瞬迷ったものの、菅にも財布を出させるのを今はとても面倒だ。

「すみません、いくらですか?」

静かというよりも陰気な印象のあるバーテンダーが、白い伝票をカウンターに滑らせる。

眉一つ動かさないバーテンの指がそこから離れると、暁はそれをひっくり返して目線の高さまで上げた。

だがその途端、そこに書かれている数字に、呆然とした。

「・・・えっと?」

「・・・」

顔をあげてバーテンダーを眺める。

やはり彼は、しれっとした顔を変えなかった。

始めから良い印象などなかった。

やる気がなく、あまり清潔とも言えず、だからといって格安かといえばきっと違うのだろうとは思っていた。

だが、この程度の店構えで余所と同じ程の金額を要求するのでは、というくらいに考えていたけれど、それすら、どうにも甘かったようだ。

「えっと・・・八十万、円ですか?」

「そこに、書いてる通りです」

「・・・はぁ」

カウンターの上では菅がすっかり寝ている。

カウンターの中のバーテンダーは、汚れたフキンでグラスを磨いている。

不意に背後でガタリと音がして、振り返ると一時間半前に見た顔、暁達を勧誘したスーツ姿の男がニタニタとしながら店に入ってきた。

先程はホスト崩れで夜の町にはありふれた風体だと思っていたが、立てた金髪の髪も胸元に落ちるシルバーのネックレスも、今にして見るとチンピラそのものだ。

「あの、お会計、これですよね?」

「せやなぁ。内訳はそこに書いてる通りや」

「・・・瓶ビール一本十万円、が三本と、お通し一人十万円が二人分と、席料も十万円が二人分」

「そういうこっちゃ」

手のひらより小さな皿に数粒盛られたスナック菓子が十万円。

驚きすら吹っ飛ぶ価格帯だ。

「さ、はろてもらおか」

ニタニタと笑いながら、男が詰め寄る。

カウンターの上に伏せる菅に寄り添うよう距離を詰めた暁は、男を眺め返しながら一晩分の酔いがさっぱりなくなって行くのを感じた。





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