ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(飲み代80万・2)



法外な価格が書かれた伝票を手に、暁がチンピラ風の男を眺める。

抵抗するか受け入れるか。

何にせよ、まずはどちらかの対応しか思いつかず暁は内心ため息をついた。

「分かりました。八十万ですね」

「なんや、物わかり良いやないか」

「・・・まぁあの、てっとり早そうだったので」

「そりゃそうや。自分の飲食代、払うんは常識やからなぁ」

「はぁ・・・」

さも勝ち誇ったように男が笑う。

この男に常識などという言葉を返されたくない。

だが胸に浮かんだ多くの反論を、暁はなんとか飲み込んだ。

「でも俺、今そんな大金持ってません」

「なんやそれ」

「たぶん、菅さんと合わせたって十万ないと思います」

花形だ期待の部署だなんだと言われたところで、二人ともたかだかサラリーマンだ。

暁にしてもそうで、不要な紙幣など財布に入っているわけがない。

言葉を選びながら男を見る。

しかし想定の範囲内だったのだろう、男は顔色を変えなかった。

「せやったらしゃぁないな。ATM行くなり、友達か嫁はんに持ってきてもらうなり、してもらおか」

「ATMも、八十万なんて卸せませんよ」

「せやったら誰かに電話せぇや」

「・・・はぁ」

別段、ATMに行くと言っても良かった。

しかし酔い潰れた菅を置いてここを離れる気にはなれず、かといって菅を担いで行くわけにも行かない。

電話での催促を促されたのは幸か不幸か。

男にとっては、命を縮めたようにも思えた。

「じゃぁあの、電話しますね。多分、近くに・・・友達、要るんで」

「金持ってそうなやつなんか?」

「多分、持ってると思います。現金主義だって、豪語してますし」

それは単に、クレジットカードや銀行と親密にし難い理由があるからのような気もする。

日常的に携帯電話を入れている右側のポケットに手を入れる。

すぐに指が触れたそれを取り出すと、男を見ることなく手慣れた手つきでタブレット型の携帯電話をタップした。

「出なかったりして。そしたら他の・・・あ」

1コールが鳴り終わるより前だ。

無意識の暁の呟きを遮るように、コールは小さな音を上げて通話へ繋がった。

『もしもし?もしもし暁?』

「もしもし、甲斐?」

携帯電話の向こうから、夜遅い時間に似つかわしくない明るい声が聞こえた。

機嫌は上々。

今なら何を言っても問題はなさそうだ。

『暁どないしたん?』

「甲斐、あのさ・・・」

今あるべき事を言えば言い。

たったそれだけで、全てが片づく。

しかし、現状を簡潔に説明するに良い言葉がいざとなると出てこない。

唇を開閉させ、けれどすぐに閉ざす。

それを二度ほど繰り返すと、先に口を開いたのは香坂だった。

『そろそろかなぁ、思ててんけど、迎えに行こか?』

「え、迎え?」

『うん。あんな、今店の前やねん』

「は?え?なんで?」

『暁が俺の事呼ぶんちゃうかなぁって、思ったから』

携帯電話の向こうで、香坂が笑った気がした。

小さく、まるで全てを見透かしているように。

思えばここ社屋近くの歓楽街は、彼の庭のようなものだ。

「・・・、・・・知ってたのか?」

『まぁ、そんなとこやな』

「知ってて、待ってたのか?」

『うん。暁がその店入って行くって聞いて、でもすぐ連れ戻したら折角暁遊んでんのに悪いなぁって・・・もしかして、殴られたりした?どないしよ、そんなんどないしよ』

「それは、大丈夫だけど・・・」

何が、「悪いなと」だ。

普段ならば部署内の飲み会であっても難癖をつける香坂なのだから、大方分かった上であえて、多少の悪意を持って放置していたとしか思えない。

だとするなら、機嫌の良さそうな香坂の声音も、今はどこか意地悪く聞こえた。

「おい、あんた。何ごちゃごちゃ言うとんねん。時間稼いどるつもりか?金持ってこさせるんやったら、さっさと持ってこさせぇ」

「あ、すみません。今、言うんで」

「早よせぇよ」

香坂に辟易とすると、目の前でチンピラ風の男が苛立った声をあげた。

ここに暁が居る。

多分、ここがどのような店であるのか香坂は知っている。

ならば言葉を選ぶ必要はなさそうだ。

「・・・甲斐、あのさ」

『なになに?』

「えっと・・・お金持ってきて欲しいんだけど」

『ええよ、ええよ、なんぼ?百万?五百万くらい?』

「・・・八十万」

『なんや、そんだけでえぇの。なーんや、折角会社から金持ってきたのに。そんだけくらいやったら財布ん中入ってたやん』

予測が確信に変わる。

香坂は、絶対に知っていた。

暁側だけの言葉を聞いてだろう、男はニヤリと笑っている。

彼のその「してやったり」とした顔は、暁には場に不釣り合いなものに見えた。

「じゃぁ、あの、持ってきて。そこに居るなら――」

『うん、めっちゃ店の前居る。金もあんで。でもな、ただでは持ってかれへんなぁ』

「は?何言って・・・」

『ご褒美、ご褒美先貰わな、俺いけへん』

「・・・」

まるで、子供か何かだ。

つい今し方まで大金の話しをしていた香坂は、しかし内容にそぐわない拗ねたような口調を放つ。

なんとも作り物めいたそれに、どっと疲れたものを感じた。



  

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