三城×幸田・お礼用SS
(夜中の弁当・前編)



辺りが暗くなった宵の口。

恭一は高層ビルを見上げていた。

「驚かせたいって来てみたけど、迷惑がられたら嫌だなぁ・・・どうしよう」

まったくもって今更だと思わなくもない。

何故今までそれを考えなかったのかと自問自答すればただただ不思議で、目の前しか考えていなかったのだろう。

十代でもなければ若者とも呼べない年齢だというのに、少々情けなくもなる。

引き返すというのも一つの手だ。

しかしそれは、一瞬浮かんだだけですぐに消えた。

「怒られたら、謝ってすぐ帰ったら良いよね。そしたら、許してくれるよね」

誰に告げたわけでもない独り言は、自分自身に言い聞かせるだけだ。

高層ビルの最上階を見上げる。

明かりの灯る窓を見つめ、恭一は一つ頷いた。

C&G社。

三城の勤める社屋だ。

人通りの少ない中辺りを見渡し、明かりの灯る入り口へと小走りに駆ける。

此処へ来ようと思ったのは、いわば気まぐれ。

ただいつもよりも早く帰宅し、明日は休み。

そして三城が急遽、帰りが遅くなると連絡があったからだ。

それが何故が一つの線で結ばれ、その途端身体が動いていた。

「あ・・・こんばんは」

入り口を潜り、ガードマンに頭を下げる。

照明が半分程度しか灯らないエントランスだが、エレベーターホールだけは明るく存在を主張していた。

胸がドキリと鳴り、いよいよだと気が逸る。

帰宅し一旦は着替え掛けたものの、社屋という場所に来るからとスーツに袖を通し直した。

いつどこで誰に会うかも分からず、三城の立場もあるからとネクタイもきちんと締めた。

そしてその恭一の手には、紙袋が一つ握られている。

それこそが、恭一が今ここに居る最たる理由だ。

「えっと、最上階で良いんだよね」

一階で停止していたエレベーターに乗り込むと、最上階を示すボタンを押した。

此処には一度、三城に連れられ来た事がある。

徐々に戻る記憶に、頬が綻んでいった。

高層ビルを、エレベーターがノンストップで駆け上がっていく。

壁にはめ込まれた階数表示の電光板を眺めていると、程なくして目的の最上階を示し、小さな到着音が響いた。

「この時間じゃ、残ってる人の方が少ないんだろうな」

それもこのような最上階ならば尚の事だ。

ひっそりと人気を感じさせない廊下をゆく。

木製の重そうな扉が広い感覚を持って並ぶ中、見覚えのあるプレートのかかる扉を見つけ恭一は足を止めた。

「居る、よね。他の人は・・・居ないよね」

浅はかと言えばそうだ。

気持ちばかりが先走っていたとも言える。

扉を目の前にして改めて幾つかの想定と緊張が起こると、肩に力が入っていく。

しかし、ここまで来たのだ。

入るか帰るかの選択肢しかない中で後者を選べないとなると、残すは前に進むしかなくなる。

一度肩で息をついた恭一は、意を決すると手の甲で扉をノックした。

「・・・居る、よね」

二回叩くワンセットを一つ。

それ以外の音はなく静まり返るそこで、実際は僅かな時間をやけに長く感じ始めた頃、扉の向こうから微かな、そして怪訝そうな声が聞こえた。

「・・・どうぞ」

「良かった、居た。それに、一人なのかな。良かった」

面識があるとはいえ、否だからこそ、三城の秘書である北原と顔を合わせるのはどこか気まずい。

もう一つ肩で息をつく。

今度は安堵から来るものだ。

まだ見ぬ室内に随分と気楽になると、恭一はドアノブに手を掛けその扉を引き開けた。

「こんばんは、春海さん。お仕事中にごめん」

以前一度だけ訪れた時と大差のない、三城の執務室。

ブラインドの開けられた窓からは一面の東京の夜景。

恭一の勤める高校の校長室よりも一回りも二回りも広いその部屋に、予想通り三城は一人きり。

そしてその三城は、マウスを握ったままパソコンモニターから顔を上げ、呆けた面もちを浮かべていた。

「恭一?」

「今、ちょっとだけ大丈夫?」

「あぁ、問題はないが・・・どうしたんだ?」

恭一がここに来るのが二度目ならば、一人で、それも予定なく訪れるのは初めてだ。

三城に一言の連絡も入れず来たのは、この顔が見たかったからかもしれない。

内心小さく笑い、実際は頬をつり上げるだけで押さえた恭一は、軽い足取りで三城が据わる執務机の前に向かった。





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