ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(朝のファーストフード)



朝、ダイニングテーブルに向かう遠藤は、ただちょこんと座るだけの実を眺めていた。

「実、朝飯食わねぇのか?」

「みのね、ぎゅーにゅ」

「それは飲み物だろ。飯だ、飯」

「みのね、きょ、いらない」

「は?」

さも嬉しげに、実は上下に頭を振るように頷きながら笑った。

朝は大抵遠藤が一足早く起床する。

身なりを大方整え、朝食を食べ、煙草で一服をついた頃にコーヒーを飲みながら新聞紙を流し読みする。

そうしていると実が起きて来るので、朝から元気な場面の多い実が嬉しげに遠藤と同じ量の朝食を食べるのを眺めるのが日課のような物だ。

だというのに、今日に限ってそうではない。

「実さん、どうぞ」

「ありがとぉ」

実の前に、白い液体の注がれたグラスが運ばれる。

しかし、調理をする音や臭いはどこからも感じられない。

実は身体の割に食事量が多い。

外観は十代半ば、いっそ中学生かその程度に見えたところで実際は十九歳。

食べ盛りの絶頂期で、それは朝から晩まで続く。

そのうえこの家には専属の料理人が居るようなもので、朝からホテルのモーニング並みだ。

それを実も毎日毎日変わらずに楽しみにしている事も知っているが故に、現状が不思議でならない。

「実、飯食わねぇってどういう事だ?」

「あのね、みのね、たべるから、たべないよ」

「は?食べるからってなんだ?」

「えーっとね。みのね。ぱん。ちーず。てれびのね、おいしい、そう」

「・・・なんだそれ」

実の言葉は断片的過ぎる。

遠藤も理解をしている内容であればそれでも察せられるし、実にしてもよくよく知っている事であればきちんと説明は出来るものの、今はそうではないらしい。

牛乳入りのコップを手に笑みを浮かべる。

けれどその頭上には、多くの疑問符が見える気がした。

「あー、つまりどっかで飯食うから、今は要らねぇって事か」

「えっとね、そう」

「どっかって何処だよ。それに今腹減ってんだろ・・・ぁ」

片手の新聞紙はもはや読む気も失せている。

もう片手のコーヒーも冷めそうだ。

そうしていると、玄関でガタガタと明らかな人の出入りがあった物音が聞こえた。

ふと無意識に壁掛け時計に視線がゆく。

朝この家に来る、それも騒がしい音と共に来る男は、普段ならば後三十分は遅い筈だ。

「おはようございます!」

「あ。じゅんくん」

「すんません、実さん、遅かったっすか?」

「・・・は?」

「んん。みのね、さっきおきてね、いまね、ぎゅにゅ。あのね、ぎゅーにゅ、おいしいいね」

「なんでてめぇが・・・」

朝騒がしくしながら来る男・長谷川は、普段よりも三十分も早いというのに息を切らせてリビングルームに入ってくる。

遠藤に深々と頭をさげたが、それもおざなりに見えものの、もはや指摘する気も起こらなかった。

「じゃ、着替えて行きましょうか」

「はぁーい。あ、みのぎゅうにゅ」

「そうですね。急がなくて良いですよ。ある程度で」

「はぁい」

実と長谷川の間では、状況は繋がり合っているようだ。

それも面白くない。

それ以上に、実が長谷川に向ける笑みも面白くはない。

どんどんと、遠藤の眉間に皺が寄っていく。

それに気づかず牛乳を飲む実を眺める長谷川に、遠藤は低く、ドスを聞かせた声音を響かせた。

「おい長谷川てめぇ、なんだぁ?こんな時間に実をどこに連れ出す気だ」

「か、かしら・・・」

「実のスクールの時間はまだじゃねぇのか?あぁ?」

言うなれば、今は世間も動き出す前の時間帯。

早朝とは言わないが、実の日常と違うのは明らかだ。

いっそ睨みつけるような遠藤に、長谷川は顔をこわばらせる。

しかし一つ息を呑んだ長谷川は、震えながらも気丈な声を発した。

「じ、事前にお伝えしてなくてすんません」

「んな事言ってんじゃねぇんだよ。今から何処に・・・」

「マックっす」

「は?」

「昨日実さんがCM見て、新発売の朝マックが食べたいっておっしゃったんで・・・それなら家で朝飯食わねぇで行かないとって・・・・」

マック。

朝マック。

聞き覚えはもちろんあるし、それが何かももちろん知っている。

けれどあまり遠藤とは馴染みのない物だ。

返答すら浮かばず唇を結ぶ。

そうしていると、コトンと小さな音を立て実が空になったグラスをテーブルへと置いた。

「じゅんくん、のんだよ」

「じゃぁ着替えましょうか。あ・・・あの、かしら・・・・」

実は嬉しそうな顔を浮かべている。

長谷川は一応遠藤の機嫌を察したのかぎこちない曖昧な表情だ。

正直に言うなら今の状態は面白くない。

朝っぱら、普段なら実と過ごす筈の短い時間を長谷川に奪われるのが気に入らない。

行くなと、言ってしまいたい。

けれど、あまりに実が嬉しげに、そして期待に満ちた顔を浮かべているから。

「みのねぇ、たのしみ。おいしいかな。おいしいね、きっとね」

「・・・そうか」

そのような実に、行くななどと言える筈がない。

カップを置き、新聞紙を畳む。

腰を半端に浮かせた遠藤はダイニングテーブル越しに腕を伸ばし、柔らかい実の髪を撫でた。

そうするしか思いつかない。

実の楽しみを奪うのは遠藤の本望ではなく、ならば他の沸き起こる感情は抑えるしか、選択肢はないのだ。

「気をつけて行ってこいよ。旨いと良いな」

「うん!」

仕方がない。

それが、実の望みであり、つまりは遠藤の望みでもある。

実がパッと笑う。

朝から起こったモヤモヤは心地よい物へと形を変えていったのだった。



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