ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(名付け親)



珍しく千原の方から飲みに誘われ、遠藤は馴染みの料理屋に居た。

全て個室のこの料理屋は遠藤の贔屓の一つだ。

料理を楽しみながらも、酒で唇を濡らしていた。

「すみません、かしら。プライベートな時間を裂かせてしまいまして」

「たまには構わねぇよ。それに、お前から誘うって事は何かあんだろ?」

千原を見ないまま、冷酒が注がれたグラスを傾ける。

料理も旨いが酒も良い物を置いており、座敷の個室は静かでふすまの向こうから微かな物音が時折聞こえる程度だ。

だからこそ、遠藤の贔屓とも言えた。

「はい、かしらに相談がありまして」

「仕事か組の事か?」

「いえ、至ってプライベートな事です」

強ばった、緊張すら伺える声で、千原は遠藤を見つめる。

それがあまりに唐突で、意外で、遠藤はグラスを傾けていた手をふと止めた。

何かがあるだろうとは想像していた。

仕事や組関係の事なら事務所に居る時にでも言うだろうから、プライベートな用件だというのも想像をしていた筈だというのに、どこか虚をつかれた気分になってしまう。

千原の表情が、普段は良くも悪くも感情を伝えないポーカーフェイスの彼が、今はそこからも緊張や強ばりを感じさせるからかもしれない。

千原が箸を置いた。

そして崩して座っていたところを、座布団の上で正座に座り直した。

「かしら、折り入って、頼みがあります」

「なんだ?ンな畏まって。金の話しか?」

あまりに千原が真剣な顔と声なものだから、遠藤も釣られるように声を潜めグラスをテーブルに戻した。

「いえ、金の話しではありません」

「だったらなんだってんだ。さっさと言え」

それでも、千原は一呼吸置いた。

そうされると無意識に遠藤まで緊張が走る。

そうしていると、座卓に隠れ見えはしないものの膝に手を置いたのだろうと分かる千原が、そこに頭を打ちそうな程深く頭を下げた。

「かしら、今度産まれてくるうちの餓鬼の名前を、つけてくれませんか?」

「・・・は?」

「詩織とも相談した結果です。是非、どうしても、かしらに名前をつけてもらいたいです」

千原の言葉が聞こえて、理解も出来ている筈だというのに、一瞬固まってしまった。

数秒の間が空く。

すぐに言葉が出ない遠藤は、とりあえずだとグラスの酒を一口飲んで感情を落ち着けた。

「餓鬼の・・・子供の名前だって?」

「はい。男だと、もう分かっています。ですから尚の事、かしらにと・・・」

「そんな、そいつの一生に関わる事を、俺なんかに任せるのか?」

「かしらだからこそ、どうしても頼みたいんです」

千原は顔を上げない。

その頭を見つめながら、遠藤は続ける言葉を探す間を得るかのように酒を喉に流した。

あまりに急で、予想もしていなかった内容だけに頭も気持ちもついていかない。

面倒などとは少しも思わない。

だがそれ以上に、自分という人間を思えばこそ即答で頷けないでいた。

「顔上げろや、千原」

「かしら・・・」

「良いのか?俺なんかが名前つけて、俺みたいな人間になったら」

胸を張れる人生は送っていないし、これからもそれは続いていくだろう。

一人の人間の、それも人の子供の、名前を付けるなどという資格があるのか。

瞳が、細まっていく。

「俺も、ヤクザです。自慢の出来る生き方はしてません」

「それでもお前は、その餓鬼の親だ」

「そうです。だからこそ・・・俺が唯一ついて行こうと決めたかしらに、遠藤若頭に、その名前を頂きたいんです」

顔を上げた千原は見たこともない程真剣な顔をしていた。

続ける言葉に迷いが出る。

返答にも、戸惑う。

千原を眺めながら、一口酒を飲んだ。

遠藤にとっても千原は特別だ。

唯一背中を任せられる人物であり、その誠実さにも信頼を置いている。

酒が、喉を通る。

そうして遠藤は再びグラスをテーブルへと置いた。

「分かった。俺で良いならつけさせてもらう」

「かしら・・・ありがとうございます」

「だが、深く考えんな。もし俺の考えたやつが気に入らねぇんだったらお前らでつけろ。そこまでの責任は負えねぇからな」

余程の事がない限り、名前など変えられない。

今更、その重要さと責任を実感した。

「ありがとうございます。詩織も喜びます」

「そうか。・・・詩織の様子はどうだ?順調なのか?」

「はい。おかげさまで問題なく育っているようです。もう、一人前に人の形になって」

「お前が父親か。妙な気分だが、五体満足に・・・いや、たとえ欠けてたって病気持ってたって、とりあえず産まれてきた命だ。守ってやれ」

ふと、実の顔が頭に浮かんだ。

先天性に知能障害があるし、後天性に足も悪い。

五体満足だとは言えないが、産まれて、生きて、そして今遠藤と共に居る。

それは千原もよくよく知っている事で、その重みも、理解したのだろう。

「・・・はい、必ず」

千原が、再び深く頭を下げた。

重大な任を負ったものだ。

けれど決して苦ではない。

千原が真剣であればある程、その思いを返さなければならない。

いつの間にかそれが楽しみになりながら、遠藤は残っていたグラスの中のアルコールを飲み干した。


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