ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(友奈のお家でお泊まり会・1章1)



その日雪は、ドキドキとしながら赤星の帰りを待っていた。

夕食の支度は済ませた。

先日野田に、「麻婆豆腐はレトルトがあるし、箱に作り方が載っている」と聞いたので、麻婆豆腐にする事にした。

一応は中国系組織の片隅で育った雪だ。

余り物なら何度も食べたし、作り方は知らずとも材料や見た目は想像がつく。

麻婆豆腐なら、まずスープが要る。

わかめスープならば得意だ。

何と言っても、増えるわかめと鶏ガラスープを入れて炊くだけ。

それから餃子もほしい。

組織内では水餃子ばかりだったが、赤星に連れて行ってもらう店や、施設の昼食で出る焼き餃子の方が雪は好きだ。

あまり難しい料理はまだ作れず、餃子の作り方は想像でしか分からない。

その為、冷凍食品の「簡単一分焼くだけ!」と大きな文字で書かれた焼き餃子パックを購入してきた。

つまるところ、「夕食の準備が出来た」というのは正確ではなく、「下準備が出来た」が正しいだろう。

それにしても今日の雪は落ち着かない様子だった。

赤星から帰宅を知らせる連絡は入った。

到着予定時間も聞いて、それはもうすぐだ。

それでも、駐車場のエレベーターを上がる際のキー解除音が聞こえない限り絶対に赤星が不意に帰って来るなどない。

だからこそ、キー解除音が聞こえるまではのんびりとしていれば良い。

頭では分かっている。

今肩肘を張ったところで何の意味もなさず、無駄なだけだ。

「・・・はぁ。浩介さん、なんて言うかな」

だというのに雪が、まだ帰らぬ赤星を緊張して待っている理由。

それは単に、頼み事があるからだ。

優しい彼なので、否定はしないとは思う。

だがその優しさにつけ込むのもどうかとも思う。

人間心理や本心と嘘の見破り方の能力は、赤星とは天と地程違う為、毎度悩みの種だ。

「なんて言いおう。お願いします、からかな。あぁでも、それじゃ何のお願いか和からないっか。えっと、じゃぁ・・・」

口に出さなくとも支障のない独り言がつい口から漏れる。

呟いたところで名案など大して浮かばないどころか、何が良いのかさえ分からなくなってゆく。

それからどれ程時間が経ったのだろう。

体感時間としては随分と長く感じたが、実際の時間はあまり経っていないかもしれない。

壁掛時計を時々チラチラと見ていたものの、その記憶すら曖昧だ。

そうしているうちに、ついに待ちに待ったチャイム音が一度鳴った。

「・・・あ、浩介さん」

エレベーターを乗るのに必要なキーが解除された音だ。

たったそれだけに、ドキリとした。

それまでもそわそわしていたところに持ってきて、より一層落ち着かなくなる。

まずソファーから立ち上がり、そして直ぐに座った。

またも立ち上がると、今度は座ることなく周囲を見渡す。

見渡したところで、見慣れた、日々整頓を欠かさない部屋があるばかりだ。

今日も、夕方に雪が帰宅してから整頓と簡単な掃除も行い、雪自身はあまり物の出し入れをしないので、よけいな物一つ出ていない。

「どうしよう・・・」

ならば何もせずにまた座るか、本格的に料理へ取り掛かるべきだ。

しかしそこは雪と言うべきか、そのどちらも出来ずにただ周囲を見渡しおろおろとするしか出来なかった。

そうこうしているうちに、彼の乗ったエレベーターはとっくにこのフロアに付いただろう。

「ヒッ・・・・ぁ」

部屋に、再びチャイム音が鳴り響いた。

赤星も鍵を持っているけれど、それでも毎日鳴らしてくれるチャイム。

まるで雪の出迎えを望むと言わんばかりのそれは、重い音を響かせる玄関のインターフォンだ。

「か、帰って・・・来た」

ここまでくれば雪がするべき事も分かっている。

パタパタと裸足の足を鳴らし雪は玄関に向かう。そして片足だけを土間に置くと、内側からドアの鍵を開錠した。

「お、お、おかえりなさい、浩介さん」

「ただいま、シュエ。今日もお仕事楽しかった?」

「あっ・・・は、はい」

スーツ姿の、一見エリートサラリーマン風の赤星が、靴を脱ぎながら何気なく口にする。

しかしそれこそが、話の確信の片隅だ。

「え、えっと・・・」

やましい事はない。

何もない筈だ。

だというのに、口調がどもり言葉が濁る。

曖昧に笑うしか出来ない雪に、赤星はあからさまに怪訝な顔をした。

「どうかした?辛い事とか、虐められたりした?それとも・・・」

「ち、違うんです。ぎゃ、逆で・・・」

「逆?」

何からどの順番で伝えるべきか、やはりきちんと考えておくべきだった。

視線が惑う。

土間から上がった赤星が雪の隣に並んだので、雪はとっさに彼のジャケットの裾を掴んだ。

「ご、ご飯。頑張って、作ります」

食べながらであれば、スムーズに口も動くやもしれない。

そもそも、重苦しい話がしたいわけではない。

どこか呆気に取られた様子の赤星を残し、雪は彼のジャケットの袖から手を離すといそいそとキッチンへ向かった。


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