ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(友奈のお家でお泊まり会・1章2)



パッケージに書かれている説明通りの調理というのも、雪にとっては気軽なものではない。

手順を間違えないように。

記載されている容量を間違えないように。

言葉を取り間違えないように。

気をつけなければならない事はそれだけではなく、同時に複数の作業を行うなど不可能だ。

まずスープを弱火で暖め、冷凍食品の餃子を焼いて皿に盛り、次いでタレはレトルトの麻婆豆腐を作りこちらも皿に盛る。

スープと白米だけは個々によそい、それらが作業台に並ぶと一息をついた。

「・・・出来た」

腹のそこから息が吐き出される。

きっと、慣れた人にとっては大した作業ではないのだろう。

結局雪は味付けらしい味付けもしておらず、どれも食品会社の努力の結晶でしかないのかもしれない。

それでも、今の雪にとってはため息ものの一仕事だ。

「シュエ、出来たの?じゃぁ運ぶよ」

「あ、あぁ、い、良いです。僕、します。浩介さん、お仕事から帰ったばっかりだし、それにえっと・・・」

「良いんだよ。シュエは料理作ってくれたんだから、次は俺の番。シュエはあっちで座ってて」

「え、でも」

「なら、はい。これ運んで。それで座ってて」

「・・・ぁ」

ダイニングテーブルから雪を伺っていた赤星がさっさと立ち上がる。

そしてキッチンに入ると、これ以上有無を言わせぬが如く、雪に茶碗を二人分押しつけた。

赤星が、ニコリと笑みを浮かべる。

そうされると、雪は頷くしかない。

二人分の茶碗を、たったそれだけでも落とさないようにと意識をしながらダイニングテーブルへ戻る。

広めの二人掛けテーブルのそれぞれの定位置に茶碗を置くと、雪は一度キッチンを見たものの、そこにもう彼の姿がない事を確認すると自身の椅子を引いた。

「そうそう。シュエは待ってて。ただ運ぶだけだからすぐだよ」

「あ、ありがとうです」

「ありがとうは俺の方だけどね。毎日料理作らせちゃって。二日に一回くらいデリバリーとか外食でも良いのに」

「そんな・・・でもそんな、凄いご飯じゃ、ないですから」

「そう?俺には十分凄い、シュエの手作りだけどね」

会話を交わしながらも赤星は手際よく皿や器をテーブルに並べていく。

雪が手伝うよりも早く済むだろう程の早さで、調理台に並んでいた料理はあっという間にバランスよくテーブルを飾った。

「あ、ありがとうです」

「どういたしまして。お茶は、シュエが煎れてくれる?俺より上手だもんね」

「そんな・・・えっと、はい。あの」

カウンターキッチンの向こう側で、赤星が湯飲みをカウンターに置き、取り皿と箸を手にした。

中国系組織で雑用をしていた雪は、特に茶の入れ方はたたき込まれた。

彼らだけがそうなのか国民性の問題なのかは雪の狭い世界と知識では計りかねるが、それでも雪の感じる限りでは、日本人の方が茶に対してこだわりは薄い気がしている。

それもあり、散々にたたき込まれた茶の入れ方だけは、実のところ少しばかりの自信があり、毎食雪の仕事となっていた。

急須に茶葉を入れ、拘りの数秒を待ち、二つの湯飲みに注ぐ。

そうしていよいよ食事の用意がテーブルに全て並ぶと、ホッと安堵したのもつかの間、雪は赤星に伝えるべき事があったと思い出した。

忘れていたというよりも、一つの事、夕飯の準備に夢中になると他の事が考えられなくなる。

それは何に対しても言える事だ。

「さ、食べようか」

「は、はい」

「今日は中華だね。美味しそうだ」

「で、でもあの、そんな凄いんじゃなくて、レトルトとか、冷凍のとか、そんなので・・・」

「でも、シュエが考えて買ってきて、調理したのは変わらないよ。そこに価値があるんだよ」

「・・・浩介さん」

赤星の言葉はいつでも甘く優しい。

ただそれだけで全てが満たされていくようだ。

「これでも一日外で、まぁ一応働いたわけだからね。結構、シュエとの夕食が楽しみで頑張ってたりするんだよ?」

甘すぎる言葉で赤星が笑みを浮かべるから。

カッと頬が熱くなり言葉が続かない。

そうしている内に、赤星は手を合わせた。

「いただきます」

「いっ、頂きます」

最近ようやく慣れた食事の挨拶。

赤星と向かい合って口にするそれが幸福であることは、気恥ずかしくて赤星には伝えられそうにない。

「今日は作業所どうだった?」

「えっと、えっと、組み立てました」

「そう。楽しかった?」

「楽し、かったです。昨日と、同じ作業で、昨日より上手に、出来た気がします」

「それは良かったね。俺としては、シュエが毎日楽しく過ごしてるなら何よりだからね」

その言葉を聞き、雪はドキリとした。

今日赤星に話したい事の、確信に近い部分だ。

彼が帰ってすぐは言葉が見つからず料理に逃げたものの、だからと言って調理中に名案が浮かんだわけではない。

大きめのレンゲで麻婆豆腐を取り皿によそう手が一瞬止まる。

けれどなんとかそれをよそいきると、雪はレンゲを口に運ぶことなく赤星を眺めた。

「ん?シュエ、どうかした?」

「えっと、あの」

言いたい事は決まっている。

ただ何から言えば良いのかは決まっていない。

しかし赤星に問われると、それはまるで急かされているような気分にすらなってしまう。

頭が上手く回らない。

唇を無意味に何度も開閉させた後、雪はようやく意を決した。

「浩介さん、あの」

「どうした?そんな真剣な顔して。深刻な話し?」

「そ、そうじゃないんですけど、えっと。・・・今度の土日に、お泊まり行っても良いですか?」

「お泊まり?」

「あ、あの。あのえっと、お、お願いします」

それが今の雪が思いついた精一杯の言葉だ。

麻婆豆腐のよそわれた皿に髪がかかりそうな勢いで頭を下げる。

その為、赤星がどのような顔をしたのかは分からなかった。

  

+目次+