ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(友奈のお家でお泊まり会・1章3)



雪の髪が料理の中にギリギリ入らなかったのは、後ろ髪は縛り、前髪はクリップで上げていたからだ。

そうでなければ、長く伸ばされた前髪は、麻婆豆腐の中だっただろう。

「シュエ、シュエ。よく分からないんだけど、とりあえず顔上げて」

「あの、浩介さん」

「顔、麻婆豆腐の中に突っ込みそうだし、そんな深刻な頼みでもなさそうだし」

「深刻は・・・えっと・・・」

赤星の声に導かれるよう顔を上げる。

眉を下げきった雪の目に映るのは、苦笑したような赤星の顔だ。

未だに雪は自分の意志を伝えるのも通すのも苦手で、事の重大さを見極められない。

そうと出来ない期間があまりに長かった為、容易には慣れないのだろう。

作業所でもそうで、昼食メニューの二択の選択は毎度手間取っている。

その雪より先に、雪の扱い方というものに慣れたのは赤星の方だ。

苦笑を深めながらも、すっかりレンゲを持つ手の止まった雪に苦言一つ言わなかった。

「泊まりに行きたいって事だろ?行って良いよ。だって、まぁ大抵どこに行かれるにしても、大事にはならないんじゃないかな。シュエはパスポートもないから海外って事もないだろうしね」

あっさりと言ってのけ、赤星はレンゲを箸に持ち替える。

それはさもなんでもないとばかりで、雪だけが取り残されたように呆気にとられた。

頼みごとをしたのは雪で、それが了承された。

ただそれだけである筈なのに、それが自分の中に入っていかない。

赤星を見返すばかりの雪に、彼は餃子を一切れ口に運ぶとその手をテーブルの上で止めた。

「どうしたシュエ?いい加減食べないと、冷めるよ?」

「えっと、あの。はい」

「もしかして、反対されると思ってた?」

「それは、その。・・・どう、なんでしょうか」

言われてみると、賛成をされるとはもちろんながら、かといって反対をされる想像もしていなかった。

ただただ「赤星に伝える」その一点にばかり意識が集中していたようだ。

首を傾げるよう赤星を眺め返す。

茶化すでもふざけるでもなく疑問符を頭に浮かべて聞き返した雪に、赤星も検討はついたようで、その苦笑を強めた。

「シュエは相変わらずシュエだな」

「ごめんなさい」

「そういうとこも含めてね。でも、謝って欲しいわけじゃないよ」

口元に笑みを浮かべ、赤星が箸を握り直す。

それを見て、雪もようやくレンゲを口へと進めた。

すくってから随分と経つそれは冷めていたが、それ以上に味は分からない。

彼との会話にばかり意識が行き味を楽しむ間もないものの、吐き出さずに居た事を思えば不味くはなかったのだろう。

感想はどこか客観的だ。

そもそも雪は味付けらしい味付けもしていない。

二つの事を同時に行うのは苦手で、会話をしながらだと確実に食事の手は止まる。

次の言葉を探す前に急いで二口目を口に運ぶ。

だがそれは、レンゲの上で冷まされた物とは違いまだ熱くてその差に驚いた。

「それで泊まりってどこ?作業所の行事か何か?」

「ち、違います。えっと・・・あの」

掬っていたレンゲと赤星を二度交互に見た。

返答をしてしまうと、またレンゲが疎かになるのは目に見えている。

一瞬迷った末それを口に運ぶ。

もう、赤星の許可は下りている。

不安に思う事は何もない。

そもそも、たとえ拒否や否定があったとしても、赤星は一方的な言い分を押しつけるような事はない。

忘れていたわけではないが、どうにも身に染みないそれを改めて思い出す。

一口を咀嚼し終わるまでに雪の中で納得が出き、空になった唇で息を吐き出した。

ふと安堵の笑みが浮かぶと、次を掬う前に赤星を眺めた。

「友奈さんの家です」

「え・・・。友奈ちゃんってあの車椅子の、女の子、だよね」

「そです」

言えた。

ようやく言いたい全てを言え、気が抜ける。

今赤星がどのような顔をしているのか確かめる事なく、雪は気楽になった呼吸を繰り返し、箸で餃子を摘まんだ。

雪がすっかり忘れていたタレも、赤星がきちんと用意をしてくれている。

パリッと焼く事の出来た餃子を続けて食べる。

やはり、水餃子よりも蒸し餃子よりも焼き餃子が好きだ。

慣れの問題ではなく、好みの問題というのはあるのだろう。

もっとも、きちんと作ろうと思うなら焼き餃子が一番コツが入りそうだ。

茹でたり蒸したりとすれば良いだけの前者ではなく、焼き加減は読み間違えるとどうにもならない、焦げた惨状が出来上がる。

などと考えていると、雪はようやく赤星の視線に気がつき、一気に最後の餃子まで食べ終わると彼を眺め顔を上げた。

「浩介さん、えっと・・・餃子・・・美味しくないですか?」

「餃子は美味しかったんだけどね」

「え、じゃぁ、麻婆豆腐・・・」

「麻婆豆腐も美味しかったし、ワカメスープも美味しいんだけどね、シュエ。そうじゃなくて、そのお泊まり」

「へ?はい」

「二人きり、じゃないよね?」

赤星が、ニコリと笑む。

何故彼が笑みを浮かべたのかは、雪には分からなかった。

  

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