ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(友奈のお家でお泊まり会・2章3)



様々な事情、主にそれぞれの身体の具合を考慮した上で、集まるならば友奈の家が一番だとなった。

加えて、友奈の母親とは雪も面識があり、野田と皆元は更に交流もあるようだ。

とはいえ仮にも友奈は女性で、集まっているのは男が三人。

一日中友奈の部屋に籠もりっぱなしというのは如何なものかと事前に話し合われていたので、夕飯までリビングルームで雑談をして過ごした。

「・・・わぁ」

車椅子でも難のない広いリビングダイニング。

テレビの前には濃紺のソファーセットと木目が美しいセンターテーブル。

この部屋も、玄関などよりも煌びやかで愛らしい空間だ。

天井には、花の形をした傘を被ったライトがいくつも寄り集まった照明で、上にファンがついている。

どこを見ても赤星と暮らしている家とは違った印象だ。

だがその最たるは、夕食の席かもしれない。

横長のダイニングテーブルは、向かい合わせで六人が余裕を持って座れる広さで、詰めれば横並びに八人、短辺にも一人ずつ座れるだろう。

そのテーブルの中央には、花瓶に生けられた生花。

暖色を基調にしたそれは、成人の日に赤星から貰った花束を連想させる。

とはいえ、驚いているのはそこでもない。

広いダイニングテーブルに横並びに椅子が三つと、向かいにはたった一脚だけ。

代わりに、空いた空間に友奈の車椅子が滑り込む。

「今時の男の子がどんな物を好むか分からなかったんだけど、どうだったかしら」

それぞれの席の前に置かれているのは、グラタン皿と赤いスープと茹でられたような野菜。

色鮮やかなサラダにペースト状の物が乗ったパン。

それがどうにも、雪の目には新鮮だった。

「わぁ・・・凄い」

「そう?じゃぁ良かった」

「量も足りるかしら?お口に合えば良いんだけど。さ、どうぞ」

「いただきます」

「いただきます」

口々に食前の挨拶を交わし、手を合わせる。

そうしてスプーンやフォークへ手を伸ばすのを、雪は皆の仕草を見てから慌てて倣った。

雪は家庭という物を知らない。

当然のように家庭料理とも縁遠い。

赤星と暮らすようになり、高級なレストランもファーストフードやファミリーレストランにも行くようになったし、施設へ通ってからは毎日昼食は食堂の定食だ。

真っ当な食事を、今なら知っている。

だがそのどれと比べても、目の前にある品々は違って見えた。

「あ。グラタンじゃないんだ」

「うん。ラザニア。そっちの方が量的にも良いかなって思って。どう?」

「凄い美味しいです。お料理、お上手なんですね」

「あら、ありがとう」

「らざ、にあ」

グラタン皿をつつく野田を見て、雪も同じようにそこへフォークを延ばす。

焼けたホワイトソースの下には、薄い板状のパスタとミートソースが重ねられていた。

「わぁ、美味しい。初めて、食べた」

「シュエあんまり食べ物知らなそうだもんね」

「友奈、そんな言い方・・・」

「だって、施設でだってよく普通のメニューで驚いてるもん。施設ではこんなの出てこないし、知らなくてもそっかなって」

「うん。レストランとも違ってて、凄いです。あの、家で、こんなの作れるのが、凄いって」

「ありがとう。喜んで貰えたら何よりだわ」

施設の定食よりも洒落て、ファミリーレストランよりも品数が多く繊細。

レストランよりも華美な印象がないが、代わりにどこか暖かさがあった。

「家でもこんなのが作れるって、知らなかったです」

「そりゃ家でもどこでも、作ろうと思ったらなんでも作れるでしょ」

「そうなんですか?・・・そっか」

赤いスープは、トマトと数種類の野菜と鶏肉が入っていた。

茹でた野菜はブロッコリーやカブで、甘辛いソースがかかっている。

サラダにはあらかじめドレッシングが絡められていたし、フランスパンをスライスしたものは、ガーリックが染み込み優しい甘みのあるペースト状のクリーム。

どれも、雪の少ないボキャブラリーでは「美味しい」としか言えなかったが、それだけが心からの本心だ。

「これも、パンも、美味しいです」

「あんたそればっかり」

「でも、美味しいから」

「美味しい美味しいって食べてくれるのが一番嬉しいじゃない。友奈はいつも何も言わないでしょ?作り甲斐がないのよ」

「なによ。あ、そうだ。そういえばね、ママ。シュエは家でご飯作ってるんだって」

「あら、そうなの」

友奈の一言で、テーブルを囲む全員の視線が雪へと集まった。

食事の手が止まる。

手にしていたサワークリーム乗せパンを宙にとどめ、雪は慌てて首を横へ振った。

「つ、作ってるけど、でもその、凄いの、作ってない、ですから。簡単なのしか、作れないです」

今にしてもそうだが、「家庭料理」というものがよく分かっていない。

これまでの人生経験の浅さから、食べた料理から食材や調味料を言い当てる事も出来ない。

雪のレシピはもっぱら、テレビの料理番組とテレビCMだ。

以前はごはんとおかず一品だけだった。

けれどそこに汁物をつけた方が良いとテレビで知った。

おかずの一品も、ボリュームのあるメイン料理であるべきだとも暫くしてから知った。

その程度だ。

「こ、こんなに凄いのなんて、一つも作れないし、数も、いっつもごはんとお味噌汁とあと一個とか、二個とかそんなだし。出来上がってて、焼くだけのとか、電子レンジだけのとか、そんなのだし」

大した事はしていない。

出来ていない。

このような料理が出来たならば、さぞ赤星に胸が張れただろう。

眉も肩も下がる。

だが正面に座っていた友奈の母が、おかしそうに小さく笑った。

「うちだって、毎日こんなに沢山出してるわけじゃないわよ?今日はお客様が来るから特別。それに、インスタントもレトルト食品も、私もよく使うわよ?最近って、凄く色々美味しそうで簡単なの出ているものね。パッケージの写真見てたらつい食べたくなっちゃう」

「・・・え?」

「何を作るかも大切かもしれないけど、ただ作るってだけでも偉いわよ。まぁ、誰も、誉めてなんてくれないけどね。たまには感謝くらいしてほしいわ」

「してるもん。ただ、言ってないだけ」

最後は冗談めかした嫌味な口調で友奈へ視線を流し、彼女はスープへ口をつけた。

「・・・そっか」

ただ、作るだけでも良い。

これだけの料理を作れる彼女でも、レトルトやインスタント食品に頼る事もある。

それが、スッと雪の胸を軽くした。

家庭料理だけではない。

世の主婦、そうでなくても料理を作る人の姿勢を、テレビ以外で初めて知った。

彼女は誰も誉めてくれないと言っていたが、雪は違う。

いつも、赤星が誉めてくれる。

それが嬉しくて、続けている面も大いにあった。

「僕も、頑張ろう」

すぐには無理だろうが、少しずつ。

せめてこのパンの作り方だけでも教えて貰いたいなと思いながら、雪はそれを噛みしめた。

  

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