ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(友奈のお家でお泊まり会・2章7)



明け方近くまで起きていたので、次に目を覚ましたのは昼前だった。

一番に起きたのはシュエのようであったが、温かい布団の中でゴロゴロとし、生理的な物からトイレに立ち客間に戻った時には野田も皆元もベッドの上に腰掛けていた。

「おはよ」

「おはよう」

「あ。お、おはよう、ございます」

寝起きの髪を野田がかきあげる。

足を引きずり立ちあがった皆元が雪に入れ代わるように部屋を出た。

「着替えとくか。友奈が起きたらすぐ引っ張られるだろうし」

「は、はい」

「シュエは帰りも迎えに来てもらうんだろ?」

「はい」

「絶対友奈、相手見たがるぞ」

「え?」

「来る時も言ってたんだ。けど、友奈が車椅子で出て行く頃にはもう出発してるだろうからって言ってたしな。その点、迎えの時ならシュエと一緒に家出たら会えるだろ」

「あ……そです」

友奈を初め、この三人は雪の交際相手及び同棲相手が男である事を知っている。

きっかけは何であったか思い出せないが、嘘をつく事が苦手で、そもそも同性愛へのタブー視という概念のない雪が何気なく口にしたのだろう。

その時の反応も薄ぼんやりとしか覚えていないが、批判も軽蔑もされず、むしろどこか納得をされた気がする。

そうでなければ今ここに雪は居ない。

「浩介さんを・・・友奈さんに・・・」

「ほらシュエ。ぼけっとしてないで着替えろよ。シュエの裸くらい、あいつ平気で入ってくるぞ」

「わ、は、分りました」

野田の言葉というよりも急かす声に急がされ、ぎこちない手つきでバッグを引き寄せ着替え始める。

二つの事を同時に出来ない雪が着替えに懸命になっているうちに皆元も戻り、彼もまた着替え始めた。

「戻って来る時友奈に会った。多分、もうすぐ来るよ」

「あいつ元気だな」

「今日もバッチリメイク」

「さすが。シュエ、終わったか?」

「着替え、ました。後荷物・・・入れて・・・」

脱いだ部屋着を布団の上で丁寧に畳む。

間食用の菓子を取り出した鞄は空に近く、そこに衣類を入れるのは容易だ。

丁寧過ぎるまでに丁寧に鞄の中に収め、忘れ物はないかと辺りを見回す。

特別何も見当たらず、バッグのファスナーを閉めた。

「準備、出来ました」

「シュエにしたら早かったな」

「頑張りました」

「全然喋ってなかったもんね。僕達の話も聞こえてなかったっぽいし」

「へ?何ですか?」

「やっぱり」

「だからな。シュエを迎えに来る恋人見たら、絶対友奈の事だから冷やかすだろうって・・・」

「おっはよー」

まるで野田の言葉を遮るように、何の前触れもノック一つなく唐突に引き戸が開けられると、友奈が室内に車椅子を進めた。

昨晩雪と共に化粧を落とした姿が一時の幻のように、今日も朝から見慣れた目元のはっきりとしたメイク姿だ。

だがすっぴんの彼女の方がどこか優しげで、メイク姿に負けず劣らず、むしろ勝るかのように可愛く雪は好きだ。

何故女性は時間も手間もかけて化粧をするのか。

友奈のように何もしなくても可愛い人も沢山居るのではないか、というのは男の中で育った雪の素朴な疑問だ。

「いくら自分の家でもノックくらいしろよ」

「いいじゃない」

「よくないから言ってんの」

「でもだって、もう着替え終わって余裕そうじゃん。それよりさ、ご飯食べよ。お腹空いたでしょ?」

「あ」

友奈の姿をぼんやりと見ていた時だ。

今の今まで忘れていた事を急激に思い出し、慌てて立ち上がった。

忘れ物の確認をした時にすら思い出せなかったのは、今手元にないからと、頭からすっかり抜け落ちていたからだ。

「どうしたシュエ。いきなり」

「あ、あの。ごはん、まだです」

「はぁ?だから今から食べようって」

「そうじゃなくて。えっと、えっとあの」

「落ち着け。慌てたって余計訳わからなくなんだろ」

「はい、あの。えっと、まだ、です。ごはん、まだ食べれないです」

「何で」

「忘れてました。顔・・・友奈さんのお部屋に昨日、置いたままです。つけないと、会えないです。友奈さんのお母さんに」

ここに居るのが野田や皆元それに友奈であるから気が緩んでいた。

けれどこの場は作業所ではなく友奈の家で、友奈の母親が居る。

彼女の部屋に人工皮膚を取りに戻ろうと慌てて部屋を出ようとすると、すかさずその雪の腕を友奈は掴んだ。

「ねぇシュエ。お腹すかない?」

「すきました。けど」

「良い匂いしない?ママが色々作ったブランチ」

「しました」

「ね。顔、後でにして先食べようよ」

「でも、あの」

「じゃね、シュエは一番左。真ん中が私で一番右がママ。大丈夫、ママにはずっと前からシュエの事話してるんだから」

「・・・あ」

メイクで縁取られた友奈の目元が、優しく目尻が下がる。

来た時からそうだ。

夜雪が人工皮膚を外す時も、友奈もすっぴんになると付き合ってくれた。

夜中、暗がりの中と言えど顔を合わせた友奈の母親は、雪の存在にこそ驚けどその顔には驚かなかったようだ。

「友奈、お前はいっつも強引だな」

「なんでそんなにシュエの顔出させたがるかな。その内本気で嫌われるよ?」

「何よ。私はただ・・・だってシュエが気にしてるのは・・・」

「いい、です」

「シュエ?」

「何が良いって?」

「あ、あの。このまま、ごはん、食べます。あの、友奈さんのお母さん、優しいです。だからあの、嫌な思い、してほしくなかったけど、あの、見られないようにして」

「だからね、ママは嫌になんて思わないよ。大丈夫」

雪の腕を掴んでいた友奈の手が、緩く引かれる。

車椅子に座る彼女を見下ろすと、嬉しげに笑っていた。

「シュエが本気で嫌なの分ってるから、外ではあんまり無理強いしないけど。でもママの事気にしてくれてるだけなら、大丈夫なんだから」

「あぁ、そういう事ね」

「うん。それにだって、つけ睫だけでも長時間付けてると重くなるのに、顔にあんなの貼ってたら苦しいと思うのよね」

「く、苦しいです。だから、外でだけ、つけます。だから、ごはん今から食べれます」

人工皮膚は、外出の時につける物。

いざという時の為につける物。

もしかすると、実際に顔を合わせると友奈の母親は嫌に思うかもしれない。

けれどそうでないかもしれないと、昨日の彼女とのふれあいで思えたから。

友奈に強制されたのではなく、雪が、納得して決めた事だ。

「お腹空きました。良い匂いのごはん、食べたいです」

「じゃ、私はママに言ってくるね」

「はい」

友奈が車椅子を漕ぎ、部屋を出て行く。

その姿を見送った雪は、客間に戻るとバッグの中からヘアクリップを取り出した。

  

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